閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1067 品下り

 過日の夜、焼酎ハイを弓手のお摘み。

 一ばん奥手にはミンチカツ。

 挽き肉を小判叉は俵の形に纏め、衣を附けて、コロッケのやうに揚げると出來上がる。本來を考へると、随分と手間だらうに、意外と廉に食べられて有難い。

 ウスターソースを、たつぷりかけて、衣をほとびらかし、手前の玉葱と大蒜を調味料代りに、崩しつつ食べた。我ながら、品下れた好みではある。

1066 GRⅢ、派生機に就て

 考へてみると、GRⅢには派生機が多い。street、dairy、それからurbanと銘打つた外観ちがひ。レンズを四十ミリに変更したGRⅢxと、更にその見た目ちがひ。叉ソフトウェアの新設だか変更だかを施したモデル(HDFと呼ぶのださうな)を出すさうで、かういふ展開が出來るのは、GRⅢの特異さ…記憶にある限り、他はライカM6くらゐ…を示してゐると思ふ。人気があつて、且つ評価もされてゐるのだなあと、愛用者としては嬉しくなる。

 一方でさう無邪気に喜んでいいのかとも思はれる。何故かと云ふに、GR初代の發賣が平成廿五年、GRⅡは平成廿七年の發賣。そしてGRⅢは平成卅年發賣。二乃至三年の周期で新型が用意されてゐて、これはGRデジタルの頃から、ほぼ変らず…詰り伝統と云つていい。それが令和六年の今に到るまで、GRⅣの噂は聞こえず、影も感じられない。代りに出たのがGRⅢxであり、これから出すHDFと見ることは出來、ぢやあそれは、何を意味するのだらう。

 今の技術でGRⅢからの大きな改良は六つかしい。

 リコーはさう考へてゐるんではなからうか。たとへばEVFの内藏。或はズームレンズや可動式液晶画面の採用。技術的な面はさて措き、それらをGR系のスタイリングに取り込むのは、相当な困難と容易に想像出來る。仮に使ひ勝手が大きく向上しても、姿が激烈に変化すれば、GRではない、と間違ひなく非難される。私ならきつとさうする。但しそれが、GR系の意匠を継いだ新機種として登場したら、その限りではないけれど。

 

 別の見方もある。

 GRⅢは現状、ソフトウェアの更新を施せば、十二分に使へるくらゐの完成度を維持してゐるから、大慌てで次世代機を出さなくてもいい。さういふ見立ても誤りにはなるまい。派生機は提案であり、そのフィードバックを洗練さし、熟成もさして、GRⅣに結實させる方針をリコーが持つてゐるとしても、私は不思議に思はない。流行を横目に、緩かな開發が許されるのは、GR系の伝統が育んだ特権(苦悩苦辛もあるだらうけれど)にちがひない。

 どちらが正しいかは判らない。

 どちらも間違ひかも知れない。

 何しろ私は、GRⅢに決定的な不満を感じてゐない。どちらかと云へば、メインテナンスや修理の体制を維持する方が大事だと思つてゐる。機能的な面を敢て云ふなら、マクロモードを廃し、シームレスな近接撮影を可能にしてもらひたいことと、外附けEVFへの対応くらゐで…さう云へばGRの直系で一貫して、後者を採用しないのは、どんな理由があるのか知ら。GXR、もつと遡つてGX100/200では用意したのだから、技術的な困難でないのは確かである。

 EVFはGRの系譜が纏ふ、速さの印象にそぐはない。さうリコーのひとが云ひたいんだらうとは、判らなくもない。判らなくもないが、ファインダを上から覗けると、卓上三脚とあはせて、呑み喰ひや花が撮りやすい。スナップに使ふ場合、周りに自分の視線を感じさせにくい利点もある。GRⅢに速さとは異なる樂み方があるのは、きつと惡くないでせう。これくらゐならGRⅣではなく、GRⅢ markⅡ辺りの型番で出していいと私は思ふが、無理筋の願望と云はれるか知ら。

1065 玉子と赤茄子

 先日の夜、ふとその気になつて、某所の呑み屋街に足を延ばした。延ばすと云つても、陋屋から一驛だから、わざわざといふ距離ではない。

 久し振りである。

 新しい看板が幾つも並んでゐた。それだけ潰れたお店があつたことを示してゐて、何とも複雑な気分になつた。その潰れたお店に通つたわけではないのだけれど。

 薹北居酒屋の暖簾が出てゐた。二年か三年、無沙汰をしてゐるお店である。時刻を確めると、午后七時過ぎ。ちよつと驚いた。以前は午后九時を過ぎないと、暖簾を出さなかつたからで、その頃は醉つた後に潜り込むのが常だつた。

 入つた。薹北人の女将さんがこつちを見て、あら久し振りぢやあないのと笑つたから、覚えてもらつてゐるのかと嬉しくなつた。御無沙汰ですねえと云つて、席に着いた。

 最初は青島麦酒。女将さんが注いでくれたのを干した。美味かつた。つき出しは焼賣。中華風の香草だか調味料だかの香りが微かに感じられる。摘みながら、壁に貼つてある品書きを見て、何を食べるか考へた。家常豆腐が目についた。旨いのは知つてゐる。知つてはゐるが、量がある筈で、私の胃袋には多い。視線を動かすと、トマトと玉子の炒めものがあるのに気がついた。これがいい。そこで註文した。

 出てきた。記憶と少し、ちがふ。不思議に感じて、さうか以前は長葱が無かつた筈だと思つた。私の記憶である、いい加減なのは改めるまでもなく、自信も持てなかつたので、確めなかつた。お代りに頼んだ烏龍ハイを呑みつつ摘んだ。美味い。こつちは記憶通りだから、安心した。

 味つけはごく簡素に塩と胡椒。後はトマトの酸みと歯触りに玉子の軟らかさ。旨いうまいと歓びながら、トマトの水気でべたべたしてゐないのが気になつた。訊くと、火の通し方にこつがあるらしい。叉トマトを大きく切ると、水が出にくいのだといふ。女将さんが更に云ふには

 「失敗したつてね、ごはんに乗つけたら、美味しいです」

その手があつたか。成る程すりやあ美味からう。そこで韮や大蒜を追加して、オイスター・ソースで味を調へるのはどうでせうと云つたら

 「それだとトマトの美味しいところが、判らなくなつちやひますよ」

ああだから塩胡椒だけなのか。すつかり納得した。炒めものもすつかり平らげて、御馳走さまを云つてお店を出た。よい気分であつた。

1064 捻ねもの気取り

 ニコンと云へば、Fマウントである。

 Fマウントと云へば、"不変"である。

 令和六年の今、正しくは"であつた"と、過去形にしなくてはならないけれど。

 カメラ好きの一部に、製造が(事實上)終つてから、そのカメラ(乃至マウント)にそそられる変態がゐて、念の為に云ふと、私ではありませんよ。こちとらF2、F3(二回)、F4は勿論、F-601、F-501、F-301、FE、EM(専用のワインダとスピードライトも一緒に)を贖つた。仕舞つた私も叉、別種の変態だつたのだらうか。

 

 思ひだすと、"Fマウントのデジタル一眼レフ"…"D"の冠を附けた…は、一度も贖つたことがない。記憶で書く分の差引きはしてもらふとして、一桁番號をフラグシップに、七千番台、五千番台、三千番台、その間に三桁機があつて、数が大きい方が高級、同じ番台内では新しさを示してゐて、要するに数が多かつた。更にその数多い機種が、(フラグシップを例外に)決定的にちがつてゐたか、疑問でもあつた。

 「同じなら、より高級な、より世代の新しい機種を、買つてくださいな」

ニコンとしては、さう云ひたかつたのだらうが、次々に世代が替り、撰択肢がありすぎ、叉それらに劇的なちがひが見られなければ、最新の最廉価機、或は階級を一つ上げた、型落ち機に流れたひとがゐても、不思議とは云へまい。

 

 ところがその"F"は、新たな"Z"に、"ニコンのマウント"の座を譲つた。ニコンが"不変"を終らせた…細かいことを云ふなら、Fマウントは必ずしも"不変"だつたわけでもないのだが、この際そこは目を瞑る…と、云つてもいい。これは新製品に悩まされる心配が終つたことを意味してゐる。詰り"Fマウントニコン"を手に入れるのに、具合がよくなつたと考へられなくはないか。

 三千番台か、五千番台。私の知る限り、両者は液晶画面が動くかどうかだけがちがふから、今ならどちらを撰んでも、大して変らない。"標準(と括弧書きになるのは、何をもつて標準と呼べるのか、はつきりしない所為である)"ズームが附いてあればいいし、廉な単焦点を一本追加すれば

 「おれは判つて、使つてゐるのだ」

と訳知り顔を気取れさうでもある。或はニッコールではないレンズを撰ぶ手もあり、敢て広角系のズームにすれば、二重三重に捻ねものを装へる。まあこんな冗談めく眞似、我がわかい讀者諸嬢諸氏には、とても薦められないけれども。

1063 GRⅢ、収め方に就て

 GRⅢを持ち歩いてゐる。

 f64のポーチ(といふのか)に入れ、カラビナフックでぶら下げてゐる。キャップとリスト・ストラップを附け、余裕のある収まり具合なので、その点に文句は無い。そのGRⅢ入りポーチを、何のどこにぶら下げるか。これが目下の問題…訂正、課題になつてゐる。

 元々は腰回りに下げてゐた。惡くはないが、姿勢が崩れる感じはする。そこはまあ我慢するとしても、取り出すのが面倒なのはいけない。案外なほど、手の動きが大きいのだな。それでデイパックにぶら下げてみた。腰回りよりは格段にスムースではある。但しデイパックは年中、使ふとは限らないから、決定版になりにくい。

 となると、首乃至肩に下げられるポーチといふか、バッグといふかが、必要かも知れない。と考へたのが實用的な事情なのは確かだけれど、物慾の面があるのも否定はしない。

 物慾の面はさて措き、では何を買へばいいのか。

 ほんの一瞬、ウェイスト・ポーチが浮んだが、それだと腰回りに下げるのと変るまい。いや手前に動かせる分、多少はましだらうか。或はごく小振りの、GRⅢ、煙草とライターと小錢入れ、ペンとメモ帖、手巾とティッシュが収まるショルダー・バッグも…いやその大きさでよければ、手元の一澤や犬印、キプリングに容れれば済む。詰らない。

 そんならGRⅢを含めて、日乗に使へるトート・バッグの方が好もしいかも知れない。さういふバッグが手元から無くなつて、少々こまつてもゐる事情もある。(帆)布製。撥水加工を施してあれば嬉しい。肩掛けの出來るストラップ附き。外内に複数のポケット。底板入り。鋲が打つてあつて、自立する程度に堅いのが望ましいけれど、余りがつちりしてゐるとと、バッグ自体が重くなる。重いのは遠慮したい。

 いや待たう、基を忘れてはいけない。

 ここで云ふ基は、GRⅢを取り出し易く持ち歩く手段で、煙草だの手巾だのは、横に措いてかまはない。GRⅢ周りに限るなら、本体と予備の電池。後はフード(取りつけの為のアダプタも含めて)が収まれば十分である。さうすると函型のウェイスト・バッグ…但し肩掛けでも使へさうなやつ…が候補に浮上してくる。候補と云つたつて、形状の話だから、具体的に何を手に入れるかは決つてゐない。併しさういふ小さなバッグに収めたGRⅢを持つて、ふらふら散歩してから、一ぱいか二杯、引つかけるのは、惡くない午后の過し方だし、それは叉、GRⅢを使ふ基であるとも思はれる。