閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

360 何をしなくてもかまはない日の歓び

朝起きて、その日が何をしなくてかまはない日だと気づいたとする。ここで云ふすることは洗濯や買物や掃除…要するに日頃我われをうんざりさせるあれこれの意味で、そんな都合のいい日があるものかと思はないで、兎に角何かの拍子でそんな日が出來たと想像した…

359 格段に不便の無い行為

眞面目に寫眞を撮らなくなつて、何ヵ月かそれ以上経つ。と書いてから、眞面目に寫眞を撮るのはどういふことだらうと思つた。カメラに触れてゐないのはその通りとしても、毎日のめしはスマートフォンのカメラ機能で記録はしてゐて、それは不眞面目な心持ちで…

358 峻別をしないといふこと

わたしの周辺には酒好きがゐる。この場合の酒はアルコール飲料全般を指してゐる積りだが、大体は日本酒に落ち着く。こちらも嫌ひではないけれども、深くどうかう云へないので、お酒(今度は日本酒の意)の話題が深まると尻がもぞもぞする。尤も話題が葡萄酒や…

357 秋の聲の連想

秋の聲が微かに聞こえてくると、沖縄の食べものが恋しくなる。琉球料理ではなく、大雑把に米國の占領期を経た後に成り立つた沖縄めし。十余年前の十一月から翌年の二月にかけて、沖縄県にゐたからで、あの土地の夏にうらみがあるわけではない。お金を貯めて…

356 生煮え鮪を食べる為

偶さか手にした本に、新橋茶漬けといふのが載つてゐた。何なのかといふと 要するに、丼にご飯を入れた上に鮪と海苔を載せて胡麻を散らし、醤油と山葵にお茶をかけたもので(中略)、喉が乾いているのに辛いものが欲しくて、お腹も空いているという、一晩飲み廻…

355 利き酒風の儀式

利き猪口の蛇の目に映る色を見る。 猪口を緩やかに揺つて香りを確かめる。 口に含んで空気を通す。 呑込みつつ鼻から息を抜く。 といふのがお酒の利き方と聞いた記憶がある。呑込むのが本当なのかどうか判らない。本式に利き酒をするひとは何十盃何百盃を味…

354 牛丼の日佛友好

何の漫画だつたか、男が牛丼屋でめしを喰ふ場面があつた。牛丼屋で喰ふのだから勿論それは牛丼で、懐が暖かい男(本人が云ふのである)は壜麦酒を一本奢り、牛丼の具をつまみにそれを呑む。残つたごはんには紅生姜を打掛け、熱いお茶で茶漬けにして平らげる。…

353 文學的なストーヴを

何の本で讀んだか忘れたが、和歌集で夏の部に収められた歌の大半は、涼しげな口調なのだといふ。夜に吹き渡る風が快いとか、池の水面に映つた月の蔭が秋のやうだとかそんなの計りで、筆者はそれを、夏は暑くてうんざりする季節だから、歌で涼を取らうとする…

352 土鍋といふ大きな物体

一人用の土鍋といふのを、獨居自炊を始めた頃に使つてゐて、それで天麩羅饂飩を煮たことがある。天麩羅はその辺のマーケットで買つた。饂飩が煮えるの待つ間に、そのマーケットの天麩羅が冷たいのが気になつたので (饂飩が煮上がる直前に天麩羅をはふり込め…

351 麦酒を招くやうなカメラ

手元にリコーのXR‐7MⅡといふ旧式のカメラがある。調子のよくない個体で、時々ミラーが上りつぱなしになるから、気がるに持ち出しにくい。 併し機能の面を見るとまつたく気がるな機種であつて、詳しいことはご自身でお調べなさい。特筆すべき点は何も無く、カ…

350 ティオ・ペペが呑みたくなる

偶にティオ・ペペが呑みたくなることかある。シェリーの一種。酒精強化ワインなどと分類されるさうで、確かにさうではあるが、無愛想でまづさうな呼称でもある。酒屋に入つてシェリーがマデラと一緒に酒精強化ワインの棚に並んであつたら踵を返すだらうな、…

349 祖母も安心する粕汁

父方の祖母は酒精を受け付けない体質のひとだつた。家では正月元日にお屠蘇を呑むのが慣はしになつてゐて、祖母は盃を脣にあてる恰好でその儀式としてゐた。少年から青年に到る時期のわたしは、世の中にはさういふひとがゐるのだと、お説教も何も無しに教は…

348 ロヴェルの冷し中華

考へてみたら令和元年の夏…暦の上では既に秋だが、一応新暦の八月末までは夏に含めたい…は、冷し中華を食べてゐない。この“食べてゐない”はお店とマーケットで買ふのと自分でどうにかするのを全部含んでの話。古い手帖を捲るのを省略し、記憶だけで云ふと、…

347 石麻呂鰻

大伴家持が友人を揶揄つて詠んだ戯れ歌に 石麻呂に 吾物申す 夏痩せに 良しといふものぞ 鰻取り食せ といふのがある。石麻呂の訓みはイハマロで、吉田連老(キツタノムラジオユ)の字。歌の方はごく簡単で、石麻呂さんよ、鰻は夏痩せに効くさうだからね、たん…

346 文明と南蛮漬け

南蛮といふのは元々中華に対する概念です。眞ン中に華があつて、この華は普遍性、世界性を持つてゐるといふ文明の謂。確かに共和制が終る時期までのローマを除くと、さういふ意味での文明…帝國は八世紀辺りまでの大唐帝國くらゐしか思ひあたらず、自らを華と…

345 カップコップ

カップ酒といふのがある。 コップ酒といふのもある。 同じカ行でa音とo音がちがふだけで、それだけなのにえらくちがふ。カップ酒は酒造会社が出してゐる製品、酒造会社が出した製品を我が手またはたれかが注いだ状態がコップ酒。目の前にある結果としての姿…

344 出無精

元來が出無精なので外に出ないで済むならその方がいいと思ふ。併し外に出ないままだと罐麦酒や煙草が無くなる。罐麦酒や煙草だけでなくお米も肉も魚も野菜も無くなる。それは困るから外に出る。今は何と云ふのか色々なあれこれを家まで運ぶサーヴィスがある…

343 汽車めし([341 麦酒!]と[342 冷す]の續き)

わたしが尊敬する随筆家兼小説家は敬称略で丸谷才一、吉田健一、檀一雄、内田百閒の四人。四人共、昭和の年号以前…丸谷が大正十四年、吉田と檀は明治四十五年、百閒は明治二十二年…に生れてゐる。結果はどうであれ、わたしが明治大正の大先達から影響を受け…

342 冷す([341 麦酒!]の續き)

古代以前まで遡つて考へると、我われの遥かなご先祖が最初に得た保存の方法は、焼く(干す)ことと塩漬けだつたのではないだらうか。かう云ふとそれは調理ぢやあないかと指摘されさうで、確かに調理の一種でもあるのだが、当初のかれらの頭にさういふ發想は無…

341 麦酒!

普段は出來るだけ感嘆符を使はない。あの記号はどうも下品…訂正、軽薄で、気分としてはさうであつても、用ゐればその気分も含め、實際からは離れて仕舞ふ。腹の底で呟くのと、聲に出すのと、文字にするのでは、色々とちがふのだ。 併し眞夏の麦酒は例外であ…

340 ソ・トーバ・スタイル

蘇東坡。十一世紀頃、北宋の中期から後期にかけての人。[美術人名辞典]によると https://kotobank.jp/word/%E8%98%87%E6%9D%B1%E5%9D%A1-19658 中国北宋の詩人・政治家。四川省生。名は軾、字は子瞻、東坡は号。文人として世に知られる。詩文を通じて、その…

339 スウィート・サワー・ポーク

丸谷才一の『食通知つたかぶり』に“日本料理の基本ないし原型がどの系統に属するか”といふ、文明論的疑念が記されてある。“あるいは干物と納豆と豆腐の味噌汁で朝食をしたため”また醉つぱらつた深夜に“半分残つてゐる塩ジヤケでお茶漬を食べ”ながら、視覚的…

338 トーゴー・シチュー

東郷平八郎には、明治四年から十一年にかけて英國留學の経験がある。 帰後年、呉鎮守府(明治二十四年頃、参謀長として着任)か舞鶴鎮守府(明治三十四年の新設に伴なつて長官として着任)のえらいひとになつて 「英國で喰つたあれが食べたい」 と云ひ出して、併…

337 もの尽くし讚歌、と(習作)

豚肉を小さな塊にして、串に刺し、衣をつけて揚げたのを串かつと呼ぶ。 豚肉以外の様々な種を、串に刺し、衣をつけて揚げたのを串揚げと呼ぶ。 纏めて串揚げと呼ぶ…大体は廉。 一串百円から百五十円…余程高価でも二百円くらゐに収まるのではないだらうか。 …

336 ノルマン懐石(習作)

元々は北欧…スカンジナビア半島、バルト海沿岸のゲルマン人で、更に漁業と交易と海賊を糧にしてゐた人びとの綜称であつた。活發に動いてゐたのは九世紀から十一世紀の半ばくらゐ。この二百五十年ほどを日本史で云ふと、坂上田村麻呂の東北征伐から空海による…

335 贋名槍譜(習作)

俵星玄蕃。生没年不詳。元祿年間のひと。山鹿流の軍學を収め、槍をよくした。 俵星といふのは、槍で突いた俵を星のやうに突き上げる様から奉られた異名とも考へられる。剛力が自慢だつたか。 元祿十五年(八月以降と思はれる)に、本所近くで夜鳴き蕎麦屋を営…

334 難問肴本

呑む時に肴…つまみが必要、わたしがそれを必要とするのは、既に何度も述べてゐる。だから我が親愛なる讀者諸嬢諸氏から 「もうそれは、聞き飽きたよ」 と笑はれさうである。それに具体的な肴乃至つまみについてはこの数回、色々と挙げてゐるのに、まだ何か挙…

333 朝酒玉子焼

何べんか書いた記憶があるけれど、気にせずに(また)書く。丸谷才一の“小説作法”といふ随筆で讀んだ話。イアン・フレミングが書いた『スリラー小説作法』には 「われわれはみな普通晝食とか夕食に取るような食事より、朝食の食べ物の方を好む」 と書かれてゐ…

332 小雨赤茄子

某日、小雨の夜に覗きこんだ、某所の臺北料理の呑み屋で、女将さんから 「臺灣料理(の一部)では、トマトで出汁を取ることがあるんですよ」 といふ話を聞いた。へへえと驚いてゐると、にこにこしながら美味しいよと云つて、それから日本人(詰りわたしのことだ…

331 屏風絵葡萄酒

屏風絵や掛軸や襖絵は、かまへずに眺められるところがいい。気らくと云ふと、生真面目な美術愛好家から、白い目で睨まれさうだから、リラックスして眺められると云ひかへておきませうか。 たれの説だつたか、江戸以前の美術は、獨立した藝術ではなく、生活の…