閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

389 甘味噌の推理

甘味噌豆腐。 好みで云へば、もうちつと、山椒の利いた方がよかつたんだけれど、何しろお晝の定食である。麦酒に適ふ味つけは控へたのだらう。ごはんには大変よく似合つた。豆腐を炒めるのは中華料理の手法かと思へるが(實際この定食を食べたお店は、中華居…

388 コシナが慾しいな

偶に…年に一ぺんか二へんくらゐ、ベッサが慾しくなる。ここで云ふベッサはオリジナルでなく、二十世紀末にコシナが出した方。今はどうなつてゐるのか。記憶にあるのはベッサL、同R、同T、それから同R2だから、この稿はそこで途切れる話になる。念を押すと、…

387 文學秋刀魚

秋と云へばさんまで、さんまと云へば目黒と応じたいところだが、お殿さまには申し訳ないと思ひつつも、矢張り佐藤春夫の『秋刀魚の歌』を筆頭に挙げたい。 あはれ 秋風よ 情あらば伝えてよ ー 男ありて 今日の夕餉に ひとり さんまを食ひて 思いにふける と…

386 立ち呑み考

暫く立ち呑み屋に足を運んでゐない。 好きな店は何軒かあつて、その気になればいつだつて行ける筈なのだが、どうもタイミングがあはないといふか、その気になつた時と財布の具合が宜しくないとか、そんなこんなで足が遠のいてゐる。 行く時はひとりである。 …

385 本の話~豊穣な世界の設計図

『横しぐれ』 丸谷才一/講談社文庫 丸谷才一はわたしにとつて(いやわたしひとりに限つた事でもなからうが)、先づ長篇小説家の印象があつて、批評家や随筆家の側面はその後に續いてゐる。かういふ見立ては本人にすると不本意だらうなとも思ふのだが、染み込ん…

384 眞面目に考へたこと

不意に、饂飩について眞面目に考へた事が無いなあと気がついた。家でうがくし、カップ饂飩も食べなくはないし、偶には外でも啜るのに、漠然とああ饂飩だねえと思ふきりである。不眞面目な態度ではなからうか。 四半世紀くらゐ前のわたしは、饂飩と云へば大坂…

383 お燗酒のこと

尊敬する内田百閒の『御馳走帖』(中公文庫に収められてゐる)に“我が酒歴”といふ一文がある。題名通りの随筆で、陸軍の士官學校で教官を勤めてゐた時期、地蔵横丁の[三勝]といふ高等縄暖簾で、お酒を覚えた頃の一節が記されてある。 お酒はいつも白鶴の一点張…

382 チーズから連想したこと

醍醐とか(乾)酪、蘇とかいふ食べものがある。あつたと云ふべきか。上代日本の乳製品。呼び名がちがふから、別の食べものだつたと思はれるが、どこがどうちがふのか、よく解らない。ミルクとバタとチーズとそれらの中間らしい。中間つて何だと訊かれても、元…

381 残る問題のこと

餃子が好きなのだと云ふと、したり顔で、どうせ焼き餃子でせう。本場では水餃子なのですよと知識を披露するひとが出てきさうである。確かに焼き餃子が好物なのは事實で、この稿はさういふ話をする積りでもあるのだが、幾らわたしが無知でも、水餃子が本來…元…

380 花で呑むこと

ほつけの漢字は魚ヘンに花…𩸽ださうで、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏はご存知でしたか。わたしは調べて初めて知つた。アイナメ科に含まれ、ホッケとキタノホッケが属する。魚ヘンにも花にもホッケといふ訓みはない。身のほろほろ崩れる様を散る花びらにたとへて…

379 ハムとソーセイジのベーコンのこと

我われのご先祖は獸肉を食べる習慣を持たなかつた…少くともその習慣を失つた。それは佛教による殺生きらひが大きな原因である、といふ見立てがある。どこまで本当なのか、はつきりしない。三河土豪の頭領が征夷大将軍位に就いて以降、大つぴらに食べなくなつ…

378 わざわざ出掛けること

何で目にしたか忘れたけれど、東京は居ながらにして、世界中の美味いものを食べられる都市なのださうである。確かに見た記憶のある看板を順不同に挙げると、フランス、イタリー、ドイツ、イギリス、スペイン、ギリシア、インド、ロシヤ、ハンガリー、スウェ…

377 鯖のこと

先づ画像をご覧頂きたい。 焼き鯖である。 大根おろしがある。 檸檬も添へてある。 沖縄珊瑚麦酒のケルシュを呑んでゐたら、出されたのが、この焼き鯖に大根おろしと檸檬で、出されたといふのは誇張ではない。詰り註文をしたのではなく、附出しであつた。多…

376 盛合せのこと

“何々の盛合せ”と聞くと、何となく昂奮する。たとへば天麩羅の盛合せ。或はお刺身の盛合せ。格は多少落ちるが、おでんやチーズ、ソーセイジの盛合せなんていふのもある。旨いもののいいところ取りの感じがして、かういふのは西洋にあるのだらうか。イタリア…

375 非ライツ・ライカのレンズのこと

カメラを使ふひとの中には、純正主義者と呼びたくなる志向の持ち主がゐる。特にニコンとライカのユーザに多い気がするのだが、これはこちらの僻目かも知れない。僻目と云ふのは、わたしがその辺りに無頓着だからで、何々のレンズで撮つたと云はれても、さう…

374 玉葱のこと

食用としての栽培が日本で始つたのは、明治に入つてからといふから、比較的おそい。それ以前から鑑賞用だつたさうで、何をどう鑑賞してゐたのか。食用の品種が芽を出したのは北海道。今も全國の半分くらゐは道産で、續くのは佐賀産。ちよつと意外でせう。 玉…

373 玉子焼きのこと

卵を二個か三個。 塩と牛乳を少し。 焼き上げは堅め。 といふのが、わたしにとつての玉子焼きで、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏からは、盛大な批判が寄せられさうだが、さういふ玉子焼きに馴染んでゐるのだから、仕方がない。 だから初めてあまい玉子焼きを食べ…

372 定食のこと

ごはんとお味噌汁。小鉢。お漬物。それから主役になるおかずで纏められたものを、この稿では定食と考へる。従つてきつね饂飩にかやくごはんや、醤油ラーメンと焼き餃子三個と小炒飯、カレーとナンと少々の生野菜とラッシーは、そこから外れる。きつね饂飩と…

371 急行列車のこと

二十年とか三十年とかそれくらゐ前、東京から大坂に帰省する時、東海道本線を使つたことがある。当時は早朝に東京を發車する静岡行きの急行列車があつて、それに乗つてみたかつたのが理由である。確か静岡から豊橋を経由して名古屋まで出てから、近鐵の特別…

370 味噌ラーメンのこと

どこかで見た漫画でラーメンの話だつたが、味噌ラーメンを作るか何かする登場人物に、別の登場人物が止めておけと忠告する場面があつたと記憶してゐる。その忠告をする登場人物が云ふには、味噌はそれ自体が旨いから、ラーメンに使ふとしても獨創性(だつたと…

369 一筆書きの裏のところ

文章を書く時、わたしのやうな素人だと、その前に何かしらの縛りを附ける方が書き易い。主題を持つて書くといふことではなく、いやそれも含めて自分に條件を課すので、長月の條件は 「短く、話を逸らさず」 であつた。ただそのままだと、意地惡な魔女が幼気…

368 辛子を食べるうまい方法

普段は殆ど使はない調味料…いや香辛料が正しいのか、まあどちらでもいいが、わたしの場合は辛子である。といふより、どこで使へばいいのかよく判らない。何年前になるのか八丈島料理だつたかの呑み屋で島寿司を食べた時、山葵ではなく辛子だつたのは驚いた。…

367 いいおんなといふ名前の國

最初に云ふと何ひとつ根拠は無い。 わたしの先祖は源平合戰の折り、屋島で平家方について敗北し、伊豫に落ち延びて、その後村上水軍に従つたといふ。 屋島合戰は寿永四年。 伊豫村上氏の成立はその四半世紀ほど前の永暦元年頃と云はれてゐる。 いづれも十二…

366 特別急行列車に乗りたい

妙なことを云つて、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏を煙に巻く積りではない。どこかに行きたいのでなく、特別急行列車に乗りたいといふ、ただそれだけの話。なので行き先はまあ膠泥しない。特急(とここからは省略する)が停車する驛…町なら、降りて周りを見渡して …

365 棚から卸した切掛けと云ひ訳

この手帖を公にしたのは平成二十九年の十月朔日で、そこから数へて三百六十五回に達した。詰りその日から毎日書いてゐたとすれば一年分の分量であると。それが令和元年になつたのはそれだけ書く頻度が鈍かつた…単純な計算で概ね二日に一ぺん…といふことにな…

364 鯵フライの懐の深さ

鯵はどうしたつて美味い。 たたきにお刺身。 骨を使つたお吸物。 塩焼に干物。 マリネー、なめろう、南蛮漬け。 冷や汁。 炊きたてのごはんとひと粒の梅干しがあれば、前菜から汁ものまで、鯵尽しの食卓が成り立つのは大したもので、鯖や鮭もさうだらうさと…

363 大正十五年ライカのこと

大正十五年は十二月二十五日に昭和へと改元された。西暦では千九百二十六年。三月に『アメージング・ストーリーズ』誌が、翌四月に『アサヒカメラ』誌が創刊された。余分な情報を追加すると、クリスティ女史の『アクロイド殺害事件』が英國で刊行され、怪優…

362 お殿さまにはばれない様に

内田百閒の『御馳走帖』に[お祭鮨 魚島鮨]といふ一篇が収められてゐる。お祭乃至魚島鮨とあるのは、我われが思ふ散らし寿司だと思へばいい。尤も丸で同じと考へたらえらい目にあふのは間違ひない。上の一篇には宮木檢校に届けた時の寿司種が列挙してある。そ…

361 書き手と書くことと書く道具

普段使ひの手帖にはシグノの0.28ミリで書き込んでゐる。この太さはもう何年も使つてゐて、馴染んでもゐる。字が小さい(他人さまには呆れられる)ので、これくらゐの細さが丁度よい。 それで先日、久しぶりにグラフ1000のメカニカル・ペンシルで字を書いたら、…

360 何をしなくてもかまはない日の歓び

朝起きて、その日が何をしなくてかまはない日だと気づいたとする。ここで云ふすることは洗濯や買物や掃除…要するに日頃我われをうんざりさせるあれこれの意味で、そんな都合のいい日があるものかと思はないで、兎に角何かの拍子でそんな日が出來たと想像した…