閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

349 祖母も安心する粕汁

父方の祖母は酒精を受け付けない体質のひとだつた。家では正月元日にお屠蘇を呑むのが慣はしになつてゐて、祖母は盃を脣にあてる恰好でその儀式としてゐた。少年から青年に到る時期のわたしは、世の中にはさういふひとがゐるのだと、お説教も何も無しに教は…

348 ロヴェルの冷し中華

考へてみたら令和元年の夏…暦の上では既に秋だが、一応新暦の八月末までは夏に含めたい…は、冷し中華を食べてゐない。この“食べてゐない”はお店とマーケットで買ふのと自分でどうにかするのを全部含んでの話。古い手帖を捲るのを省略し、記憶だけで云ふと、…

347 石麻呂鰻

大伴家持が友人を揶揄つて詠んだ戯れ歌に 石麻呂に 吾物申す 夏痩せに 良しといふものぞ 鰻取り食せ といふのがある。石麻呂の訓みはイハマロで、吉田連老(キツタノムラジオユ)の字。歌の方はごく簡単で、石麻呂さんよ、鰻は夏痩せに効くさうだからね、たん…

346 文明と南蛮漬け

南蛮といふのは元々中華に対する概念です。眞ン中に華があつて、この華は普遍性、世界性を持つてゐるといふ文明の謂。確かに共和制が終る時期までのローマを除くと、さういふ意味での文明…帝國は八世紀辺りまでの大唐帝國くらゐしか思ひあたらず、自らを華と…

345 カップコップ

カップ酒といふのがある。 コップ酒といふのもある。 同じカ行でa音とo音がちがふだけで、それだけなのにえらくちがふ。カップ酒は酒造会社が出してゐる製品、酒造会社が出した製品を我が手またはたれかが注いだ状態がコップ酒。目の前にある結果としての姿…

344 出無精

元來が出無精なので外に出ないで済むならその方がいいと思ふ。併し外に出ないままだと罐麦酒や煙草が無くなる。罐麦酒や煙草だけでなくお米も肉も魚も野菜も無くなる。それは困るから外に出る。今は何と云ふのか色々なあれこれを家まで運ぶサーヴィスがある…

343 汽車めし([341 麦酒!]と[342 冷す]の續き)

わたしが尊敬する随筆家兼小説家は敬称略で丸谷才一、吉田健一、檀一雄、内田百閒の四人。四人共、昭和の年号以前…丸谷が大正十四年、吉田と檀は明治四十五年、百閒は明治二十二年…に生れてゐる。結果はどうであれ、わたしが明治大正の大先達から影響を受け…

342 冷す([341 麦酒!]の續き)

古代以前まで遡つて考へると、我われの遥かなご先祖が最初に得た保存の方法は、焼く(干す)ことと塩漬けだつたのではないだらうか。かう云ふとそれは調理ぢやあないかと指摘されさうで、確かに調理の一種でもあるのだが、当初のかれらの頭にさういふ發想は無…

341 麦酒!

普段は出來るだけ感嘆符を使はない。あの記号はどうも下品…訂正、軽薄で、気分としてはさうであつても、用ゐればその気分も含め、實際からは離れて仕舞ふ。腹の底で呟くのと、聲に出すのと、文字にするのでは、色々とちがふのだ。 併し眞夏の麦酒は例外であ…

340 ソ・トーバ・スタイル

蘇東坡。十一世紀頃、北宋の中期から後期にかけての人。[美術人名辞典]によると https://kotobank.jp/word/%E8%98%87%E6%9D%B1%E5%9D%A1-19658 中国北宋の詩人・政治家。四川省生。名は軾、字は子瞻、東坡は号。文人として世に知られる。詩文を通じて、その…

339 スウィート・サワー・ポーク

丸谷才一の『食通知つたかぶり』に“日本料理の基本ないし原型がどの系統に属するか”といふ、文明論的疑念が記されてある。“あるいは干物と納豆と豆腐の味噌汁で朝食をしたため”また醉つぱらつた深夜に“半分残つてゐる塩ジヤケでお茶漬を食べ”ながら、視覚的…

338 トーゴー・シチュー

東郷平八郎には、明治四年から十一年にかけて英國留學の経験がある。 帰後年、呉鎮守府(明治二十四年頃、参謀長として着任)か舞鶴鎮守府(明治三十四年の新設に伴なつて長官として着任)のえらいひとになつて 「英國で喰つたあれが食べたい」 と云ひ出して、併…

337 もの尽くし讚歌、と(習作)

豚肉を小さな塊にして、串に刺し、衣をつけて揚げたのを串かつと呼ぶ。 豚肉以外の様々な種を、串に刺し、衣をつけて揚げたのを串揚げと呼ぶ。 纏めて串揚げと呼ぶ…大体は廉。 一串百円から百五十円…余程高価でも二百円くらゐに収まるのではないだらうか。 …

336 ノルマン懐石(習作)

元々は北欧…スカンジナビア半島、バルト海沿岸のゲルマン人で、更に漁業と交易と海賊を糧にしてゐた人びとの綜称であつた。活發に動いてゐたのは九世紀から十一世紀の半ばくらゐ。この二百五十年ほどを日本史で云ふと、坂上田村麻呂の東北征伐から空海による…

335 贋名槍譜(習作)

俵星玄蕃。生没年不詳。元祿年間のひと。山鹿流の軍學を収め、槍をよくした。 俵星といふのは、槍で突いた俵を星のやうに突き上げる様から奉られた異名とも考へられる。剛力が自慢だつたか。 元祿十五年(八月以降と思はれる)に、本所近くで夜鳴き蕎麦屋を営…

334 難問肴本

呑む時に肴…つまみが必要、わたしがそれを必要とするのは、既に何度も述べてゐる。だから我が親愛なる讀者諸嬢諸氏から 「もうそれは、聞き飽きたよ」 と笑はれさうである。それに具体的な肴乃至つまみについてはこの数回、色々と挙げてゐるのに、まだ何か挙…

333 朝酒玉子焼

何べんか書いた記憶があるけれど、気にせずに(また)書く。丸谷才一の“小説作法”といふ随筆で讀んだ話。イアン・フレミングが書いた『スリラー小説作法』には 「われわれはみな普通晝食とか夕食に取るような食事より、朝食の食べ物の方を好む」 と書かれてゐ…

332 小雨赤茄子

某日、小雨の夜に覗きこんだ、某所の臺北料理の呑み屋で、女将さんから 「臺灣料理(の一部)では、トマトで出汁を取ることがあるんですよ」 といふ話を聞いた。へへえと驚いてゐると、にこにこしながら美味しいよと云つて、それから日本人(詰りわたしのことだ…

331 屏風絵葡萄酒

屏風絵や掛軸や襖絵は、かまへずに眺められるところがいい。気らくと云ふと、生真面目な美術愛好家から、白い目で睨まれさうだから、リラックスして眺められると云ひかへておきませうか。 たれの説だつたか、江戸以前の美術は、獨立した藝術ではなく、生活の…

330 伝統蛍烏賊

蛍烏賊について辞書を幾つか調べた上で、ざつと纏めると、大体下記の如くになる。 ◾️ツツイカ目 ホタルイカモドキ科に属するイカの一種。胴長六から七センチメートル。体表に数百の発光器を持つ。食用。 ◾️日本特産。 ◾️分布は本州中部以北の日本近海沿岸。 …

329 遍照饂飩

ちよつとした温泉地、景勝地に行くと、何とか温泉や何々の井戸は、お大師さまが掘りあてたとか、杖をついた場所から水が溢れてきたとか、そんな感じの看板を目にする機会がある。妙に誇らしげなのが微笑ましい。 お大師さまと呼ぶ時、それが空海弘法大師を指…

328 肴になるカメラ

新品中古を問はず、カメラを手に入れると、嬉しくなるのは人情といふものでせう。それがたれでも買へるありふれた機種であつても、嬉しさを減じる理由にはならない。 この数年のわたしは、物慾がすつかり稀薄になつたから、殆どカメラを購はなくなつた。慾し…

327 書く為のカメラ

書く為といふのは文字通りで、たとへばこの手帖に書けるカメラかどうかの意味。 何をまた阿房なことをとあきれられるか。 ライカに決つてゐるだらうと云はれるか。 まあ、どちらでもいいや。 商賣で云ふとライカかニコンになるらしい。歴史が長く、逸話に事…

326 旅行に持つてゆくカメラ

ここでいふ旅行は一泊乃至それ以上の期間を考へてゐる。何とかバスで行く温泉と打ち立て蕎麦を樂しむ日帰りツアーは含まれてゐない。また撮影自体が目的の旅行も考慮してゐない。旨いものを食べに行くとか、佳いお酒を味はふとか、そんな目的の旅行なのでそ…

325 EOS1000QD(キヤノン)

初めて自分のお金で買つたのが、EOS1000であつた。友人が先に手に入れ 「面白いから、お前さんも、どうだ」 と誘つてきたのである。併し何を買つていいか、さつぱり判らないから、その友人にカメラ屋までついてきてもらつた。 目に入つたのが、ミノルタのα‐3…

324 MZ‐5(ペンタックス)

デジタル・カメラの惹句によくある、“タッチ・パネルで直感的な操作が可能”といふのは嘘…嘘が惡ければ誤魔化しである。画面をいちいち叩き、メニュ階層を下がるのが本当に合理的なら、フラグシップ機にダイヤルやレヴァが数多く配置される理由はどこにあるの…

323 R1s(リコー)

リコー・ファンである。理由を話し出すと切りも纏まりもなくなるので、その辺は詳しく触れない(まあさうなのだなと思つてもらへればいい)我が親愛なる讀者諸嬢諸氏の中にもファンはをられるだらうが、きつと殆どはGR(デジタル)のファンではなからうか。 その…

322 AF600(ニコン)

この型番で直ぐにあのカメラねと解るひとは少ないんではないかと思ふ。通称はニコンミニ。コンパクト・カメラである。 前々から思つてゐるのだが、ニコンは中級機普及機の作り方賣り方が、本当に下手糞な会社ですな。何が流行つてゐる、受けてゐるといふとこ…

321 ペンS(オリンパス)

小説家はそのデヴュー作にすべてが隠されてゐるといふ説がある。分析をしたわけではないが、割りと正しいのではないかと思ふ。 カメラに同じ見立てが成り立つかと云へば、それは怪しい。小説が原則として個人の作業なのに対し、カメラ造りは集団の仕事だから…

320 つまみが要る

麦酒を呑むには、つまみが要る。 お酒でも葡萄酒でも泡盛でも焼酎でも事情は同じで、例外にしていいのはヰスキィくらゐとも思ふが、ここは麦酒に限つておく。 蒸し暑いのだから、かまはないでせう。 麦酒は懐の深い飲みものだから、大体の食べものは適ふ。か…