閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

047 ねばらなぬカツサンド

 “とんかつ”の場合、“ ”で示した通りひらがなで表記するのがわたしの癖で、“かつ丼”も同様である。併し相手が“カツサンド”だと、すべてカタカナの方が好もしく、“かつサンド”だとどうもいただけない気がされる。ここで云ふカツサンドはとんかつのサンドウィッチを指してゐて、その意味だと“とんかつサンドウィッチ”または“ポーク・カツレツのサンドウィッチ”と記すのがより正確ではないかとも思へるのだが、これだと如何にも野暮つたい。もつと露骨に云ふなら旨さうでなく、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏の中にはさうかなあと首を捻るひともをられるやも知れないとして、字面は大切だよと言葉を替へれば納得してもらへるにちがひない。

 うまいですな、カツサンドは。 併しコンヴィニエンス・ストアやマーケットで賣つてある、“ぱつと見はとんかつがたつぷり”だけれど、“食べてみたら欠片しか入つてゐなかつた”カツサンドは、我われの憎むべき敵である。かういふのはどこからかぢりついても、とんかつが口の中に溢れねばならず、さういふカツサンドは、気がるに買ひにくい事情…主に値段の点で…があるから、どうしたつて自分で(なんとか)用意せざるを得ない。實のところ、“せざるを得ない”なんて大袈裟な話ではないのだけれど。

 揚げものは衣がからつとしてゐるのが要諦なのだが、カツサンド(とかつ丼と鶏の唐揚げ弁当)は例外に属する。寧ろ揚げたてを使ふより、衣が少々しつとりして、パンに馴染むくらゐがよい。詰り出來あひを買つても特段の支障はない。これなら不器用自慢のあなたもわたしも、カツサンドを作らうと思へるものだ。厚切りの食パン(耳は切る)をかろくトーストし、バタをうすく塗らう。具材はとんかつだけ(勿論予め温めておく)でいい。但しうんと贅沢に使ふことにする。もし無愛想だと感じるなら、邪魔にならない程度にキヤベツを入れるのがよい。さて問題はソース。ウスター・ソースを推したいが、デミグラス・ソースに票を投じるひともゐるだらうな。いづれにしても甘すぎるのは避けるのが妥当な判断。わたしならウスター・ソースに、ほんの少しの辛子、またはチリー・ソースか醤油を忍ばせる。使つたと判るのは多すぎると考へませう。

 パンが潰れない程度に圧して、全体…即ちとんかつとソースとトーストがひと塊になるやうにし、大ぶりに切れば完成する。サンドウィッチ界を見渡して、ツナと玉子をクイーンとすれば、まさにキングの風格。王を讚へるにはもう、麦酒を用意しなくてはならぬ。この場合、ジョッキは駄目で大きなコップ(出來れば厚手の硝子)に注ぐのが正しい。またかういふカツサンドを満喫するなら、夕食夜食より晝が好もしく、それも晝めしといふよりは午后遅めに摂る、食事でも間食でもない食べ方が似つかはしい。豪勢にも贅沢なカツサンドを奢れる機会に恵まれるなら、是非にも特急列車か新幹線の乗客になつて、罐麦酒を引つ掛けながら平らげるのが最良の味はひ方であらうと思はれるのだが、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏には果して如何だらうか。