閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

069 ヰスキィの希望

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 ウイスキーではなくヰスキィと書くのは内田百閒の眞似である。whisky乃至whiskeyの綴りを日本語に移すにあたつてどちらが適切か、の判断は我が親愛なる讀者諸嬢諸氏に委ねるとして、頭文字がwの点から考へると、百閒式の表記の方がわたしとしてはしつくりくる。

 そのヰスキィを普段はあまり…殆ど呑まない。蒸溜酒が苦手なのではなく、呑めば旨いと思ふし、同じ括りの(黒糖)焼酎や泡盛だつて矢張り旨い。併し焼酎や泡盛、或はウォトカも含めていいが、日常の中で呑みたいとは感じにくい。今夜はヰスキィの気分である、と明瞭に意識しない限りは。

 理由ははつきりしてゐて、わたしはつまみ抜きで呑めないんである。我われの周辺にある食べものをざつと眺めると、基本的にはお酒に適ふのだなと直ぐに解るでせう。後は葡萄酒が精々でこれは別に我が國の食べものが惡いのではない。要は醸造酒が我が國の酒精の眞ん中にあつて、食べもの…つまみがそれに適ふ形で發展したのは当然といふ話になる。焼酎泡盛ならそれでも樂、が妙ならどうにかなつて、臓物の煮込みや角煮、薩摩揚げを思ひ浮べれば納得してもらへるでせう。

 ではヰスキィに適ふ食べものは何があるか。残念ながらスコットランドにもアイルランドにも知人がゐないので、断定するのは宜しくないとは思ひつつ、併し事實上ないのではないかとも云ひたくなる。乏しい想像力を働かせても、牡蠣や鰯のオリーヴ油漬けにスモークト・サモン、後はナッツ類かドライ・フルーツ、チョコレイトくらゐしか出てこない。もしかするとアイリッシュ・シチューも似合ふかも知れないが、繰返すとアイルランド人の知合ひはゐないから、眞實は曖昧なままである。

 但しこれはヰスキィが駄目な酒精なのだといふ證にはまつたくならなくて、寧ろヰスキィはつまみを積極的に求めないのだと解釈する方が實態に近いのではないか。吉田健一はお酒…日本酒を

「つまみが要らず、ひとつの銘柄だけで呑める」

と云つてゐて、反論はしにくいけれど、矢張りお酒には何かしらの肴が慾しい。葡萄酒も同じでそれだけでも構はないが、そこには微妙な(ひとかけらのチーズやハムの切れ端くらゐ、あればなあといふ)気分が潜んでゐる。ヰスキィだとつまみがあればあつたで構はないよといふ気分が色濃く感じられる。

 鼻を擽る香り。

 舌触り。

 喉への滑り具合。

 奥から立ち上る香り。

 酒精の味はひは要するにそれらの組合せで、ヰスキィの場合、それぞれのピースの主張が際立つてゐる。スコッチでもアイリッシュでも、癖のきつい演奏家で編成されたオーケストラのやうなもので、それらを愉しむのに他の味は邪魔なのではないか。想像の域を出ない話だから、信用されてはこまるけれど、的外れでなささうな気もする。それで的外れでないとしたら、ニッカにしてもサントリーにしてもキリンシーグラムにしても、賣るのは六づかしからうね。何しろ我われのご先祖はお酒をお酒だけで呑む習慣を持つてゐなかつたもの。吉田流に逆らふことになるが、肴…つまみがあつて成り立つ酒精に馴染みきつた(お客が一緒になる舞台のやうに)ところに、いきなり(時間的な経緯を考へればさう云つていい)つまみ抜きで呑めるんだよとヰスキィを出されても、困惑するしかないぢやあありませんか。

 本当にさうか知ら。

 果して、と蒸溜所のひとが考へたかどうか。どうもそこは怪しいとして、賣る側は考へたでせうね。ソーダ割りに唐揚げだつたか、さういふ広告を目にした記憶があるし、水割りやソーダ割りの罐入りを用意したのは、罐麦酒や酎ハイのやうに呑んでくださいなといふ気分の顕れと思へる。その気分は判らなくもない。酒精と食べものの繋がりは地域や気候や作物に密接してゐて、詰り文化である。新参の酒精にこちらの口をあはすわけにはゆかないもので、さうなると原産地式を丸々入れるか、我が國の習慣に寄せるかの撰択が迫られる。原産地式を好もしいとする態度が本來ではあらうが、蒸溜所としてはさうも云つてゐられない事情があるにちがひない、といふのは容易な想像でせう。本格を志向しながら、変格に目を瞑れないのは複雑な心情だらうな。

 さうなると本格のヰスキィでうまいつまみをやつつけるのは不可能なのかと疑問が湧いてきて、原則はさうだねと応じなくてはならないのだが、抜け道がひとつ考へられる。日本の小さな蒸溜所を探すことで、これは期待が持てる。手広く賣らなくていい分、日本人の呑み方や地元の食べものを意識した蒸溜…焼酎や泡盛に近しい…が出來るだらう。少なくともその希望は持つていい。輪郭ははつきりしてゐながら、穏やかな表情(旧い日本人のやうに)のヰスキィを嘗めつつ、辛子をきかせた豚や苦瓜のピックルスをつまめる夜がやつてくれば、我われの酒席はきつともつと豊かになる。