閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

079 アンビバレント

 串を焼いてもらふ場合、ハラミ、タン、シロ、ハツ、レヴァのいづれかから撰ぶことが多い。初見のお店ならたれで。信用出來てからは、塩を混ぜる。どちらかと云ふと、たれの方が好みなのだが、この話題は以前にも触れた筈だから、ここでは踏み込まない。

 串を焼いてもらふ場合、坐るのは卓子よりカウンタの方が喜ばしい。云ふまでもなく、焼いてゐる様を、見るともなく見るのが樂しいからで、手際よい焼き方を見ると、それを眺めながら呑む麦酒または酎ハイ乃至ホッピーも、うまく感じられるといふものだ。

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 さて但しそれは原則的な話。

 原則的と云つたのは、最近になつて、少々例外的なお店を知つたからである。、値段はまあ相応だが、相応の値段よりはうまい。麦酒や焼酎、ホッピーは勿論、銘柄は少ないが泡盛や葡萄酒もあり、お酒も(純米の生酒に膠泥しなければ)ちよいと、面白さうな銘柄がある。酒精の種類の多さは、つまみが多岐に渡つてゐることを意味してもゐる。さうすると女性も含めた三人四人で、あれこれ註文するのが正しからうと思はれるが、今のところ、その機会には恵まれないので、この稿では串焼きの話題だけを續ける。色々な意味で残念だが、やむ事を得ない。

 それで何故、原則から外れたかと云ふと、初めて串焼き(確かハラミとハツとタン)を註文した時、お店のひとが

「焼き方はお任せで、かまひませんか」

と訊いてきたのが、切つ掛けであつた。これは焼き方に自信があるのだなと思つたから、それでお願ひしますと応じた。ここで我が親愛なる讀者諸嬢諸氏に、わたしのささやかな経験を申し上げると、かういふ場合のお任せやお奨めは、拒まない方がいい。ハラミは絶対たれだよねとか、タンは塩以外に認めないとか、云ひたければ止めないけれど、お任せお奨めにはお店側の自信(もしかすると事情)があるのだから、験して損はない。

 果して出されたたれが香ばしい。少し計り品のない濃いめの味つけで、詰り酒精に適ふ。わざわざ塩とお皿を分けてくれたので

「同じお皿で、かまはなかつたのに」

と云つたら

「味噌たれなので、塩と(味が)混ざるといけませんから」

気遣ひだねえと喜びながら、串を頬張ると、味噌の焦げが感じられない。をかしいと思つてよくよく見ると、焼きながら味噌たれに漬け、漬けてまた焼くといふ手順を複数回、繰返してゐたから、納得出來た。なので別の機会にそこで呑んだ時は、ハラミとナンコツとアブラを頼んでみた。さうしたら、アブラのくどさを考へてか、ハラミの味噌たれを淡く(だから喧嘩にならない)してきたから、本当に調整したかはこちらの勘違ひとして、そんな気分になれたのだから、それでよしとしませう。要するに気に入つたわけで、我ながら単純且つ無邪気と云へなくもない。併し、普段の移動の範囲にあるのは、些かの問題を含んでゐる。詰り不意にふらりと寄れるからで、そんなのを繰返すのは、駄目なをぢさんの證明である。まだ自覚がないのかと云はれるかも知れないが、流石にそこまで駄目をきはめた積りはありませんよ。なのでこのお店には、喜ばしくもまた迷惑といふアンビバレントを感じてゐる。感じざるを得ない。