閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

086 回鍋肉

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 この“回”の字は“戻す”の意味らしい。ざつと訳すと、“鍋戻しの肉”くらゐになるか。ところがキッコーマンのサイトを見ると

https://www.kikkoman.co.jp/homecook/search/recipe/00004350/index.html

戻すのは野菜になつてゐる。序でにキューピーにも頼つてみると

http://www.ntv.co.jp/3min/sp/recipe/20140402.html

何も戻してゐない。鍋戻しはどこに行つたと思ふけれども、まあどちらでも旨ければ、こちらに文句はない。鍋に戻すかどうかは兎も角、回鍋肉は我われにとつて、青椒肉絲と並んで、馴染みのある中華の炒め料理ではないか知ら。日本人の舌に適はせた変化はあるのだらうが、矢張り旨ければ文句はない。

 家の近所…歩いて三分も掛からない場所に、小さな、一応は中華料理の店がある。この場合の近さは、お店にとつて、有利には働かないらしい。そんなら家で食べればいいやと思ふからで、もうひとつ、それなりにお客を掴んでゐる様子なので、おれひとりゐなくたつて、大丈夫だらうと感じられる事情もなくはない。

 併しそれなりにお客を掴んでゐるのは、旨いからの筈で、古い住宅街といふ立地を見ると、多少の近所つき合ひもあるのだらうが、それを含めても、まづいものにお金が払ひ續けられる道理はない。だから惡くてもまづくはないと判断して、回鍋肉定食を註文した。

 ごはんにソップ、少量の野菜、搾菜が回鍋肉のお皿を囲んでゐる。麦酒を頼めばよかつたかと思ひながら摘まむと、甜麺醤が効きすぎてゐると感じられたので、麦酒は抜きでよかつたと判断を改めた。ごはんに乗せつつ食べると、實に適ふ。おかずの味つけなのだなと思つた。それで食べ進むうち、今度は豆瓣醤(と辣油)がぐつと前に出てきてから、仕舞つたと思つた。併しここから麦酒を註文するのは気が引ける。それにこの味もごはんに適ふのは間違ひないから、そのまま食べた。鍋に戻してゐるのかどうか、訊かなかつたのは失敗だつたと気がついたのは、帰つて罐麦酒を一本、空にしてからである。