閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

127 とりとめのないカメラなどの話(その2)

 稀に綺麗だなと思へるカメラがある。恰好いいのとはちがつてゐて、たとへばオリンパスのOM‐1は綺麗だと思ふが、恰好いいとは云ひにくい。その逆がニコンのF3で、何がどうちがふのか。両者を較べると、必要な部品が、必要な場所に、使ひ易く配置されてゐるのは共通してゐる。当り前と云ふのはいけない。どこの何と名指しするまでもなく、現代のデジタルカメラは残らず、ここが致命的に駄目だから、綺麗でなければ恰好よくもない。そんなことを云つても、デジタルカメラには多くの機能が載せられてゐるのだから、OM‐1やF3のやうに纏めるのは無理だと反論するひとがゐれば、そこを纏めるのがデザイナーの仕事だし、それらの機能を載せなくてはならないのかと考へるのは設計の仕事だと反論しておかう。

 そこで綺麗なOM‐1と恰好いいF3に戻ると、決定的に異なるのは大きさだと気がつく。有り体に云へば前者には後者…正確には先代のF2への批判が濃厚にあつた。わたしの勝手な妄想ではないよ。米谷美久(おそらく日本のカメラ史上最も高名なオリンパスの技術者)が、OM‐1の企画時に、“大きく重く煩い”ことを“一眼レフの三惡”と断じたのは有名でせう。凄い断定ですね。先行の一眼レフを丸ごと否定してゐるし、米谷の頭の中ではF2がその先行カメラ群の代表だつたのではないか。ライカⅢfと近いサイズ(後年かれは“成るべくして成つ”たと云つてゐる)に、大振りな操作部位とマウント(たれだつたか、本体に対して不釣合ひなその大きさを、“口の大きな美人が笑つた”やうなと譬へてゐた。カメラ絡みの文章でも、偶には気の利いた一節があるものだ)を配置すると、内部の構造も含めて、それらは合理的で必然的にならざるを得ず、その総体が綺麗といふ印象に繋がるのは、得心のゆくところである。

 ではF3にその印象が薄いのは、合理性と必然性の問題なのかと云へば、必ずしもさうとは云ひにくい。但しニコンの場合、自他を問はず、外のカメラ群への疑念や批判はなかつた。正確にはその必要がなかつた。これはF3の責任ではなく、そこに求められてゐたものが、OM‐1とちがつてゐた…先行のFとF2が確立した、“本邦カメラの最高峰”の後継機…からに過ぎず、米谷の云ふ三惡にかまつてはゐられなかつた。報道の現場であれ、極地行であれ、宇宙であれ、安定して動作し、故障をしないこと。F3に求められた要件は先づこれで、もうひとつは、それまでのレンズを活かせることであつた。設計者個人の“カメラはかうあるべし”ではなく、内外の要求…それも相当に高度な…が實際の姿になつた時、それが綺麗より強く、恰好よさを感じさせたとして、何の不思議があるだらうか。これは良し惡しではなく、ちがひの話。

 さう。その違ひでもうひとつ、思ひ出した。OM‐1はゼロから考へたのが幸ひだつた。詰りレンズや諸々のアクセサリも含めたスタイリングが出來てゐて、OMのどの世代のボディに、どの世代のレンズをつけても不自然でないのは特筆に値する。かういふ一体感のあるカメラは、意外なほどに少なくて、詰り米谷を中心にしたOM‐1とそのシステムの設計…敢てきらひな言葉を使へばコンセプト…が正しかつたことが、間接的に證明されてゐる。ここでライカを持ち出すと、ボディとレンズとアクセサリを全体としてとらへることに気がついたのは、早くてⅢcからⅢf、もしかするとM3に到つてやつとではないかと思へる。尤もこれはライカがやうやく完成したのがその辺りだつたからで、別に不名誉ではないと念押しは必要だらう。後は辛うじて京セラコンタックスが近いかも知れない。ただあれには、レンズのもの凄い描寫と兎に角高額な印象の方が先に立つて、正直なところ、評価はしにくい。

 ここまで書くと、OM‐1以外に“システムとして整つ”た、“綺麗な”カメラはないのだらうかと疑問が湧いてきて、わたしの知る限りひとつある。さう云つてから、ニコンEMの名前を出すと、さてたれが怒りだすか知ら。併しわたしは本気なので、これはF3同様、ジウジアーロ・デザイン。但しスタイリングとしてはF3を凌ぐのではないかと思つてゐる。これはペンタックスMEに端を發する、小振りな絞り優先自動露光専用機の流行に乗つた機種ではあるが、専用のフラッシュ(SB‐E)とモータードライヴ(MD‐E)、そしてFマウントを採用しつつ、ボディにあはせたシリーズEレンズを用意した点は、他社との違ひを強調しただけでなく、ニコン史上を見渡しても異色であつた。かう云ふとニコノスはどうだと訊かれるかも知れないが、水中用途といふ特殊な目的に特化したニコノスと、普通…といふよりニコンには珍しい大衆カメラであるEMを同列に論じるのは無理がある。

 そのEMがF3を凌ぐスタイリングではと考へるのは、フラッシュとモータードライヴ、シリーズEレンズをつけた姿がコンパクトな纏まりを見せるからである。特にアクセサリ・シューをペンタプリズム部に収めた点はまつたく巧妙で、インダストリアル・デザインの気配りはこれだといふ見本(同時期のペンタックスMEはこの点が及ばない)と云つてもいい。因みに云ふ。OM‐1でもF3でもアクセサリ・シューは無いのが基本で、必要に応じて取りつける。その考へはいいのだが、いざ取りつけると、見た目が惡い方向に激変する。一眼レフにアクセサリ・シューは必要かといふ疑問はまあ、認めるとして、それを求められた時の優れた解だともまた、認めていいでせう。ただ残念なことにこのEM、今から手に入れようとしても、調子のいい個体に巡りあへる可能性が絶望的に低い。なのでこの数年、機会があればニコンに関係のある某氏に、このままデジタル一眼レフで出し玉へと云つてゐるのだが、今のところ、實現する見込みはない。