閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

176 平成最後の甲州路 第5回

 3日目が問題なのだと気がついた。今回の日程で云へば11月25日。甲斐國を後にする日なので、予定はその發車時刻を基にしなくてはならない。これを書いてゐる時点での候補は、甲府驛15時55分發のスーパーあずさ22號(新宿驛17時24分着)と同16時10分發かいじ118號(新宿驛17時51分着)の2本で、前年はスーパーあずさ22號を使つた。その時は朝の内に[サドヤ]を見學して、山梨県立美術館に足を伸ばしてゐる。決して惡くない。惡くはないが、ふたつの問題がある。

 先づ美術館から甲府驛までのバスの本数が少ないこと。あすこは美術館の対面に文學館を配置して、間に公園を置くといふ工夫が宜しく、うまくすれば公園から富士の御山が見えるのもいい。11月の終り頃だと、紅葉も期待出來る。建物の見た目はそんなに感心しないとしても、その辺には目を瞑ればいいかと思へるのに、如何せん便がいけない。運営側にしたら、広々した駐車場を用意してゐるし、タキシを使ふ方法もありますよと云ひたくなるだらうが、そんならバスを便利に使へるようにしてよと云つたつて、いいでせう。

 仮にそこは我慢する、または出來るとして(過去に何度も経験してゐる事情もある)、もつと大きな問題は食べもので、率直なところ、あの近辺には碌な食べもの屋がない。美術館に併設されてゐるレストランは品書きがどうもそそられない。なのでコンヴィニエンス・ストアに頼らざるを得なくなる。公園で富士を眺めながら飲む罐麦酒や鶏の唐揚げも惡くはないとして、何年も續けると飽きてもくる。すりやあ丸太が知らないだけだよと云はれるかも知れないが、そんなら徒歩で行ける範囲の旨いお店を教へてくださいよと云つたつて、いいでせう。

 なら行かない方法もあるだらうと云ふのは美への尊敬が足りない證で、あすこはミレーを収集してゐる。中でもポーリーヌとお針子にわたしは魅了されてもゐる。行かないといふ撰択が成り立つなら、11月25日にしか無い何事かがあればとなつて、調べた限りどうも六づかしさうだ。さういふわけで

「11月25日は、チェックアウトしたら、速やかに山梨県立美術館に行くのはどうだらうか」

「その後は、どうしませうか」

「バスの時間にもよりますが、午前中には甲府驛近辺に戻れる筈です。それで晝めしをゆるゆる、したためて、特別急行列車に乗りませう」

「[サドヤ]で(有料の)試飲をするのも方法ですな」

「や。宜しいですな」

といふ實り多い話し合ひの結果、大まかな輪郭が決つた。予約を取る必要はないから、当日の天候や宿醉ひの有無、或は新たな情報で方針を変更しても支障をきたす心配はない。残るはあずさ號かかいじ號のどちらになるかといふ点だが、これなら余程の事態にでもならない限り、相応の余裕をもつて動けるだらう。

「ある程度の馴れもあるのだらうが」

「なだらかに予定が立ちますな…あ」

「どうしたのです」

「初日の晝めし問題が、残されてゐますよ」