閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

207 平成最後の甲州路 第7回‐11月24日

 起床午前6時半。朝めしは穴子と握り鮨。

 甲府驛發午前9時38分の中央線に乗つて、勝沼ぶどう郷驛まで。到着は同10時3分。驛前にゐたえらく愛想のいい小母ちやんに教はつた道順をぶらぶら歩いて[葡萄の丘]へと。

 タートヴァン…葡萄酒用の利き猪口を1,100円で購入して、地下のカーヴに降りる。午前中なのに中々の賑々しさ。芽出度いなあと思ひながら試飲15種をきこしめ、上に出る。

 お午に少し早い時間帯に同レストランでハンバーグ(ソップと麺麭)思つてゐたよりは惡くなし。絶讚するほどではなかつたか。それからグラスで蒼龍。ウェイターの青年がひどく早口だつた上、聞き返しにくい顔つきの所為で、ヴィンテージはよく解らなかつた。

 麺麭でソースまで綺麗に平らげ、混雑してきたレストランを後に、再び地下カーヴに降りて試飲を12種。何を試したかは別稿に纏める。満喫且つ満足してからタキシで移動。

 この日の樂しみは[シャトー・メルシャン]のプレミアム・ツアー見學。午后2時からの回は我われを含めて総勢6人の参加だつた。案内は元工場長のU氏。

 最初は地下の保存庫。全部で1,000樽ほどあるといふ。樽ひとつで250~270壜くらゐの量になるとの話。殆どがフレンチ・オーク製だが、一部にアメリカン・オーク製もあるさうで、更に形状によつてボルドーブルゴーニュに分けられる。尤もU氏いはく

「ぱつと見、判らないのも、ありますがね」

 見學のルートが変更になつてゐて、これまで立ち入れなかつた製造工程の場所へも入れたのが嬉しい。今は醗酵樽として使つてゐる巨大なステンレスのタンクがあつて、これはU氏が導入を決めたのだといふ。赤用と白用で構造にちがひがある。

 途中、ふと目をやると“酸欠注意”と書かれた看板があつた。物騒だなあと思つてU氏に訊くと

「ガスが出ますからね、気をつけなくちやあ、なりません」さうして扉の上にあるランプを指して「あれが廻つてゐたら、中に入りません。扉を開けて換気することになつてゐます」

そのくせ昔はさうでもなかつたと言を繋いで

「ガスは重いですからね、しやがまなければまあ、大体は平気です。うつかりしやがむと、すうつと気を失ひさうになるんですが、それがどうも気持ちがいいんですよ」

工場長、すりやあ、あかんやつです。やんちやが過ぎますと思ひながら試飲へと。

 用意されたのは白4種と赤2種の計6種。解説を聴きながらだと、實にうまいし、味はひが判つた気にもなれる。葡萄の育て方や醸り方は大体10年余りで新しい手法を考へるといふ。U氏が現役の工場長だつたある時期、20年近い停滞があつて

「プロジェクトを立ち上げて、スタッフに“うまくいかなかつたら馘首”云々と、いやあ、パワハラといふやつでした」

とは云へ、新機軸が失敗したとして、最初に頸をはねられるのはU氏だつた筈である。笑ひ話になつてよかつた。この秋から醸造所も順次稼働するといふから、新機軸は續々試されるのだらう。当代の工場長は安心してゐるにちがひない…もしかして失敗が重なる不安の方が大きいか知ら。

 特に感心したのは甲州グリ・ド・グリと穂坂マスカット・ベーリーA。後者が美味かつたのは意外だつた。この品種はどちらかと云ふと、かるくて甘い口当りの仕上りになるのだが、またさういふ味はひでもあつたのだが、それらが控へ目になつてゐて、これなら食事にあはせたいと思へた。

 有料で更に2種。城の平ロゼの2017年と長野メルローの2016年。このロゼがきりりとして旨かつた。どうもロゼにははつきりした印象を持てないでゐたが、中々侮れない。様々の銘柄を一ぺん、じつくりと味はつてみなくてはなるまいと思つたが、残念ながら時間切れになつた。

 タキシで勝沼ぶどう郷驛を経由して甲府驛。前日同様、セレオで買ひ物をしてホテルに戻る。一番搾り(キリン)、[シャトー・メルシャン]で購入したのは、甲州きいろ香“キュヴェ・ウエノ”2016年ヴィンテージ。試飲でも味はつたが、穏やかで切れがよく、食事にも適ふ。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏はご存知だらうが、“キュヴェ”は同じヴィンヤードで穫れた葡萄で醸られた銘柄に冠される。“ウエノ”はヴィンヤードの名前で、元工場長のことである。お弁当に焼き鳥(ねぎまと皮とレヴァ)にお刺身3点、チーズなど。頴娃君は自分用に買つた七賢の別銘柄も樂しんでゐた。