閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

214 オールスター・キャスト

 最初にざつと辞書的な定義を調べてみた。幾つかを挙げると、以下の通りになる。

①俵形の握り飯とおかずとを詰め合わせた弁当。芝居の幕間に食べるものとして考案され、現在では最も一般的な弁当になっているもの。

②芝居の幕間に食べたことから。

小さな俵形に握って胡麻をかけた飯と、卵焼き・かまぼこ・焼き魚・漬物などのおかずを詰め合わせた弁当。幕の内。

③俵型の小さな握り飯とおかずが詰め合わされた弁当のこと。芝居の小休止である「幕間」を「幕の内」と呼んだことから、その時に食べる弁当の呼称となり、その後、同じタイプの弁当を指すようになった。小さな握り飯を指す「こむすび」が相撲の「小結」にかけられ、それが幕内力士であることから、ともいわれる。

④飯を小さな俵形に握ってごまを散らし、焼き魚・卵焼き・かまぼこ・煮物などおかずを何種類も詰め合わせた弁当。芝居の幕間に食べたことからこの名があるとされる。

 細かな差異はあるが、おほむね“俵型のおにぎりと何種類かのおかずをひとつに纏めた”お弁当を指すのだなと解る。序でにそんなら“(お)弁当”とは何ぞやと調べると

⑤外出先で食べるために持っていく食べ物。「手弁当

⑥外で食事をするために容器に入れて持ち歩く食べ物、またはその容器。中国・宋代の俗語で便利なことを意味する「便当」が外来語として入り、それに、外出先での食事に“便利”なものという意味が加わって、「弁当」という漢字が当てられた。

⑦屋外で食事をとる必要から携行する食物のこと。農・山・漁村や都市の諸技能者の間では,屋外の労働を目的としたとき、家に帰って食事をとれない場合に携行したが、その形態は地域ごとの食生活に応じて一様ではなかった。米飯、粟飯、稗飯、芋などが中心で、それによって容器も異なり、畑作地帯では稗や粟の飯を入れる網袋状の苞が多い。そのほか藺やわらなどで編んだ苞のほか、柳や竹の皮で編んだ行李、杉や桜をへいで曲げたワッパ、メンパの類があった。

⑧携帯用の食事。古くは行厨という名称を用いていた。また、カシワ、ホオなどの大きな木の葉、あるいはササの葉、タケの皮などを弁当容器にしていたため、竹葉を弁当の意に用いてもいる(中略)弁当ということばができたのは、織田信長安土城で大ぜいの人にめいめいに食事を与えるとき、食物を簡単な器に盛り込んで配ったが、そのとき配当を弁ずる意と当座を弁ずる意で、初めて弁当と名づけたという(中略)江戸時代になり弁当は大いに発達し、容器もいろいろくふうされてきた(中略)旅行用、外出用、行楽用のほかに、江戸後期には観劇用の弁当も開発された。日本橋芳町の萬久という店の観劇用弁当は、幕の内弁当といった。幕の内とは当時芝居の楽屋をいい、その弁当の煮しめをさしたのだが、昭和初期から幕の内の名は俵形の関西風の握り飯にゴマを振りかけたものの意として用いられた。これが駅弁に取り入れられて、幕の内弁当の名で一般化した。明治後期に洋風材料を加えたものを合の子弁当といったが、いまは中華弁当、洋食弁当、すき焼き弁当、とんかつ弁当など種類も多く、容器も多様化してプラスチック製のものが増えてきた。

 弁当の定義…⑤以降は大体酷いが、この一ばん最後は特に酷いくて、半分近く削つても初讀ですつと頭に入る文章ではない。語源と歴史と逸話が一緒くたで、リュックサックを振り回した後の、遠足のお弁当のやうに混乱してゐる。⑤から⑦を含めていちいち推敲するのは面倒だから、そこは省略するが、これだけの材料があれば、もちつとましな書き方があるだらうと思はれる。項目の筆者が惡文家だつたか、編輯者が無能だつたか。両方だつたのだらうな、きつと。

 それは兎も角、この稿での話題が何か、ちやんと触れてゐなかつたから申し上げると、幕の内弁当である。焼き肉弁当でもハンバーグ弁当でも鶏の唐揚げ弁当でもなく、幕の内弁当。勿論好きだからで、こんな時にそれ以外の理由を挙げる方が寧ろ六づかしい。併しさうなると焼き肉でもハンバーグでも唐揚げでもなく、幕の内を好む理由はなにだらうとなつて、その疑問には、“卵焼きや蒲鉾、焼き魚にお漬物に煮物”といふ賑々しさがいいのだと応じたい。日本映画の最盛期、“オールスター総出演”なんて銘打つて、忠臣藏をやつたりしたでせう。 大石内藏助、浅野内匠頭吉良上野介堀部安兵衛俵星玄蕃大石主税、お軽に勘平。實在の人物から“仮名手本”の架空の人物まで、大御所から新進気鋭まで、豪華絢爛な配役が出來た。ああいふ映画は西洋にあるのか知ら。ダルタニャンの物語なら花やかな映画になるだらうが、たれに監督を任せるのか。咄嗟に浮んだのは『アマデウス』のミロス・フォアマンだつたが、残念なことにかれは故人となつて仕舞つた。ならば『薔薇の名前』のジャン=ジャック・アノーか。それでオールスター・キャストなら、是非とも観たいと思ふが、さて、完成までに何年かかつて、幾ら必要になるのか知らねえ。

 えーと。

 さうだ。

 幕の内弁当の話。どこから話が逸れたのかと云へば、俵型のおにぎりに“卵焼きや蒲鉾、焼き魚にお漬物に煮物”の賑々しさからオールスター・キャストを連想したからだつた。現代ではコロッケや白身魚のフライ、竹輪の磯辺揚げ、金平牛蒡に鶏そぼろまで加はるから、まつたくのところ、どこから手をつけていいのやら、困つて仕舞ふ。併し見方を変へれば、その困惑が幕の内弁当の魅力でもあつて、食事と肴を兼ねる点では、焼き肉もとんかつもハンバーグも鶏の唐揚げも、幕の内弁当にはとても及ばない。わたしの場合、一ばん最初はおにぎりの眞ん中に埋め込まれた梅干し(大体は小さくて硬いやつ)を食べる。格別に旨いわけではないが、あの酸味が、おれはこれから幕の内弁当をやつつけるぞといふ気分を盛り上げてくれるからで、前半はおにぎりと、それに適ふおかず…コロッケやフライをつまむ。罐麦酒くらゐ飲む。後半はお酒か葡萄酒。幕の内弁当に葡萄酒ですかと訝しむひとの為に云ふと、焼き魚や煮物は意外なほど似合ふ。葡萄酒は食べものがあつて葡萄酒なのだから、藏はもつと大きな聲で、かういふことを知らせなくちやあいけません。ふろふき大根と鰯の塩焼きでコップ一ぱいの葡萄酒をやつつけるのも惡くないのだし、さういふ愉しみを偶然に任せるのは勿体無いもの。

 また話が逸れた。幕の内弁当に戻ると、何をどの順で食べるべきか、決りがあるわけではない。もしかして、“幕の内弁当の標準的な献立、配置及び食べ方(全國幕の内弁当愛好者協議会編)”といふ規範があるのかも知れないが、仮にあつても参考にするのが精々だらう。併したつたひとつ

「家での食事にはしない」

ことだけは守つた方がよいと思はれる。語源であらう芝居や相撲見物の合間。或いは旅行の特別急行列車の中で。お花見、月見、紅葉狩り。さうでなくても公園の芝生で。食事の上の決り事…作法などと呼んでもいい…から遠い食べものなのだから、場所もまたさうである方が好もしい。淵源がさうだつたからと云ふだけでなく、その方が断然うまいからでもある。お行儀と徳利をちよいと脇に置いて、鰤の照焼きか玉子焼きか、それとも佃煮からか、食卓だとお箸を迷はせるのは叱られるけれど、それが大目に見てもらへるのもまた、幕の内弁当に許された特権なんである。だから幕の内弁当のおかずは、箱庭趣味にちまちましてゐてもらひたい。そこで連想されるのは盆栽や袖珍本、枯山水なのだが、そこまで踏み込むと幕の内弁当に戻ることが出來なくなりさうなので、気鋭の弁当學者の研究に期待したい。