閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

227 ゴミホルナ

 古い友人が大腸のポリープを切除したといふ。昨年(平成30年)末の話。その友人から

「切除後の飲食代制限が終つた。遊びに行かう」

と誘ひがあつた。誘つてくる以上、体の具合は平気なのだらうと思つて、遊びに出た。何も決めない出た目勝負だが、例の通りである。

 友人は肥つた狐のやうな顔立ちをしてゐるのだが、1年ぶりに見ると、少し計り細くなつてゐる。術後の影響か知らと思つたら、体重を絞つてゐるのだと云つた。それはかまはないとして、色の入つた眼鏡をかけた顔は、やくざ映画に出てゐた大杉漣のやうで、をかしかつた。

 天神橋筋六丁目驛で降りて、歩き始めた。ひとまづ中崎町から扇町を経て、梅田まで。“新製品80円”と書かれた自動販賣機があつて、側面に王さまの顔が描かれてゐる。キャッチ・フレイズにいはく“愛されるKing”ださうで、あの近辺はいつの間にか王國になつたらしい。知らなかつたなあ。

 梅田で中古カメラ屋をひやかした。ニコンのオウナー(FE2NewFM2/TとFM3A)である友人は、モーター・ドライヴMD‐12を買はうかどうか、迷ふふりをした。毎回のことなので、こちらも無責任に買へばいいよと煽つた。店の正面にはフヰルムと一緒に使ひ捨てカメラが並べられ、その使ひ捨てカメラ専用のカヴァが賣られてゐた。その値はたつたの2,000円。カメラ本体にストラップまでついた“プレミアム・セット”ですら2,700円で

「これを買つても、“新品カメラの衝動買ひ”になるもンかね」

大笑ひした。使ひ捨てカメラと書いたが、名目はレンズつきのフヰルムである。そこにカヴァを被せても、それは“カメラのやうな見掛けのフヰルム”に過ぎない。

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 肥後橋まで歩いて、四ツ橋線の四ツ橋驛で降りた。心斎橋から千日前。この間、気が向けば寫眞を撮る。かれは久しぶりに持ち出したといふオリンパスのE‐M10、わたしは例のパナソニックGF1で。ふざけてはゐないが、没入もせず、かういふ感覚は意図して得られるものではない。難波の地下街でホット・サンドウィッチとアイス・コーヒー(大坂風だと“冷コー”)で晝めし。

 日本橋の元電気屋街をぶらぶらしつつ、30年余り前を思ひ出した。正月早々からお年玉や貯めたお小遣ひを突つ込んで、CDプレイヤー(若い讀者諸嬢諸氏には信じ難からうが、当時は50,000円くらゐしたのだ)を値切つて買つたものである。

 「あの頃は、我慢が出來ンやつたなあ」

 「100円単位で値切つたからな。お店のひとにはえらい迷惑な話やつたらうぜ」

笑ひながら灯の燈つた通天閣を眺めた。建物や何かのライトアップは大体の場合、惡趣味に陥るのが常なのだが、新世界といふ土地柄か、その惡趣味が却つて似合ふ。そのままジャンジャン横丁に入ると、矢張りけ(決して花やかでもきらびやかでもなく)けばけばしい。どて焼きだの寿司だの天麩羅だの串かつだのの暖簾がひどく魅力的で、立ち飲みを何軒か廻りたい気もされたが、何せ相手はポリープを切つた後である。控へるのが宜しからうと思つたら

「飲食の制限は終つとるからな。そつちは気にせンでも、かまンよ」

それで地下鐵の堺筋線に乗り、扇町驛で降りた。

 天神橋筋商店街から筋をひとつ外れたところに[てぃだ]といふ店がある。獨逸麦酒と泡盛、ソーセイジとザワークラウトにちやんぷるーとてぃびちーを同時に樂しめる妙な店なのだが、残念なことに休みだつた。外に開いてゐるお店は幾らでもあるからまあ

「どないにでも、なるやろ」

暫くうろちよろしてゐたら、ヱビス・ビールとギネスの看板が目についた。ヱビスとギネスの看板を出すくらゐだから、間違ひはないだらうと意見の一致を見て、入ることにした。

 [肴や]といふ小さな飲み屋。U字型のカウンタでの立ち飲みと、丸卓子が3つ計り。卓子に坐つたわたしの最初の一ぱいはハーフ・アンド・ハーフ。ヱビスを註文した友人はゆつくりと呑みながら、美味いと呟いてゐる。元々の酒量は少ないが、1週間余り、酒気から離れることを余儀なくされたのだから、尤も感想もである。おれならとても我慢出來ないなと考へた後、椎間板ヘルニアで入院した時は、飲まない…飲めない期間はもつと長かつたのを思ひ出した。わざわざ口に出すほどのことでもない。病気自慢と不幸自慢は老人の惡癖と云つていい。

 セロリのマリネー。

 マッシュト・ポテトの大蒜マヨネィーズ和へ。

 鰤の塩焼き。

 鶏肝の煮つけ。

 この辺りで焼酎に移る。わたしは水割りにしたが、友人は“薄まるのが厭だ”と、割らずに。平気かと思つたが、嘗めるくらゐの速度だつた。ポリープが見つかつてからの検査の話を聞いて、気の毒だなあと思ひつつ、大笑を禁じ得なかつた。些か尾籠な話でもあるから、詳らかには書かないことにするが、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏には、消化器系を大切にしてもらひたい。

 チーズの盛合せ。

 ねぎまの串。

 外の話題は大体くだらなく、また他愛もない。眞面目なことだつて話せなくはないが、眞面目な話は眞面目な時にするべきだらうと思へる。端からすると、いい大人が何を喋つてゐるのか知らと苦笑されさうで、そこはまあ否定しない。否定はしないとしても、さういふ莫迦話だけで、半日余りを過ごせるのは矢張り、贅沢といふものではあるまいか。天満から地元に戻り、もう少し飲んでから、おやすみを云つた。