閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

245 トゥエンティ・ダラーズ・バーガー

 普段、頭の片隅にも上らない食べものと云へばラーメンとハンバーガーである。習慣と年齢の両方があつて、更に値段の割りには(偶に喰ふ分には兎も角)旨くないと感じるのが理由であらう。サベツ的と非難されるかも知れないが、どちらも食べものの格で云ふと随分と下でもあるから、余程に廉価か、余程に旨いかでないと、歓べない。

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 そこで画像の話。福生の某ハンバーガー屋で食べた“スタンダード・バーガー”である。この時は一緒にハートランド・ビールを註文して、合計1,900円だつた。えらい高額である。ちよつとした蕎麦屋でお酒を1本と板わさに盛りを1枚やつつけて、同じか、少し高くつくくらゐだと思へば、勿体無い値段と云へなくもない。

 「そんならどうして食べたんです」

とすすどく質問されさうだが、歩いてゐた辺りでは蕎麦屋に限らず、外に旨さうな店が見当らなかつたのが事情のひとつ。それに福生と云へばヨコタ・ベイスメントでせう。アメリカンなスタイルのフードを食べなくちやあといふ気分もあつた。何がどうなればアメリカンなスタイルなのかは兎も角として。

 出來上りまで、少々待たされた。[McDonald's]や[ドムドムバーガー]だつたら、1,900円分以上のハンバーガーが出てきたらうな。併し出されたハンバーガーは、画像では判りにくいが、随分と分厚くて驚いた。喰つてみると肉の味がして、どうも註文を受けてから焼いたらしい。感心して、それからちよつと待てと自制心が働いた。わたしの住む土地には“町の洋食屋さん”があつて、ハンバーグが旨いのだが、そこは註文を受け、挽き肉を整へ焼いて、出してくれる。それが料理の当り前の筈で、ハンバーガーで感心するのは、どこかをかしい。それともハンバーガーはファストフードだから、手抜き…訂正、合理化を(極端に)推し進めてかまはないと、頭のどこかにあつたのか。

 更に云ふとまともな(!)ハンバーガーを用意したければ、相応の準備と手間が必要といふ、これもまた当り前のことに(ひつそりと)気づかされた可能性もある。考へてみたら蕎麦も備荒食が極端に洗練された食べもの(この点は江戸の町民を大きに讚へたい)であつた。ハンバーガーだつて、当り前の調理をすれば、当り前の手間なりに旨くなるのは不思議でも何でもないし、その分だけ値段に跳ね返るのもまた、止む事を得ない。と偉さうに云つたけれど、少し冷静になると、ハンバーガーが大完成に到つたのは亞米利加である。あの大雑把な米利堅連中が果して、まともなハンバーガーを作つてゐたのかどうか。ヨコタ・ベイスメントの兵隊たちは、この店のハンバーガーにかぶりつきながら

「ステイツより何倍もうまい」

と呟いてゐるかも知れない。尤ビアも含めて20ドルもすると聞けば、きつとテキサスを恋しがるにちがひないけれども。