閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

252 一応の、結論めいたもの

 お茶碗でよく、丼でもいい。

 炊きたての白いごはんがあるとします。

 緑茶…焙じ茶でも玄米茶でも…は用意出來て、では後ひとつ、何かを用意するとして、何を撰ぶのがいいか。

 かういふことを考へても意味は無いのだが、考へること自体は面白くて、まあ詰り遊びだと云つてよく、遊びなら少々惡趣味であつても、許してもらへるにちがひない。

 ごはん…とここからは略しますが、ごはんは一種の完全食で、大体の食べものは似合ふ。ホワイトソースのシチューでもおかずに成り得て、たとへば鋤焼きに麺麭をあはせられるだらうか。吉田健一は我われに、ごはんに適ふ食べものは麺麭にも適ふと教へて呉れてゐるが、懐の深さを比較すると、ごはんに一日の長がありさうに思ふ。

 その懐の深さに安心すると、切りがなくなつて仕舞ふ。なのでこの稿では、出來るだけ簡素な一品を撰ぶ方向で、考へ(遊びなのではあるが)を進めていきませう。

 さうすると最初に浮ぶのは梅干しである。酸味と塩気がしつかりした、果肉の柔らかなの。自分で書いて涎を禁じ得ないが、わたしの場合、梅干しはおかずといふより、前菜のやうな食べものなの、その後に別のおかずが慾しくなる。残念ながら後ひとつといふ時には撰びにくい。

 次に浮んでくるのは海苔の佃煮で、これは中々いい。尤もうまい佃煮を手に入れるのは、矢張り中々六づかしからう。それにうまい佃煮なら、寧ろお酒にあはせたくなつてもくる。この辺の折合ひをつけるのは面倒ではあるが、壜詰も含めて、有力な候補と云つていい。

 ただ海苔なら、焼き海苔(味つけ海苔)の方が手早いだらうとも思へなくもない。さう気がついて考へてみたが、焼き海苔だけでは最後のひと押しに不満がある。浅蜊やそぼろの佃煮と組合せると、相当な力を発揮するのは疑へないのは認めるとして、後ひとつの條件では撰び辛い。

 そこで方向をずらして汁ものはどうだらうと考へてみる。圧倒的なのはお味噌汁ですな。わたしは溶き卵と薄切り玉葱を第一等に推すが、豆腐に若布、油揚げや千切り大根や葱だつてうまい。この場合に大事なのは、具の種類を絞ることで、あれこれ入れるなら豚汁でなければ粕汁であらう。但し豚汁でも粕汁でも、ごはんに添へるより、焼酎やお酒を用意したい。お澄しにすればいいだらうか。三つ葉を浮したかき玉汁なんて素敵に思へる。にうめんもまた宜しい。と云つてから言葉を翻すと、お澄しは宿醉ひの午前に啜る(たれに用意してもらふかといふ問題は残る)から旨いし有り難いので、その時の為に取つておきませう。

 汁ものから戻ると、お漬物はどうだとなる。お漬物全般は大好物だから、これに決めたくなつたが、それだと幅が広くなりすぎて不公平である。そこで幾つかを具体的に挙げてみませう。

 たくわん(と書くのは内田百閒流)

 胡瓜の浅漬け。

 白菜の塩漬け。

 いづれも魅力的で、堪らんなあと云ひたくなつてくる。ことに白菜でごはんを巻くのは、まつたくのところ堪らんと、改めて呟きたくなる。柴漬けに高菜漬け、蕪のお漬物、鉈漬けやいぶりがつこまたも捨て難い。ただお漬物の大半は肴でなければお茶請けに似合ひなのが難点か。数あるお願の中でごはんにあはすとしたら、野沢菜漬けをもつて最良としたい。茎の部分も葉の部分も、ごはんに適ふ味はひで、お漬物から外を挙げるとしたら、胡麻をまぶした刻みたくわんくらゐではあるまいか。わたしは本気で云ふのだが、この手帖は寛容を旨としてゐるので、異論は認めたい。

 では野沢菜漬けの勝利で決りかといふと、強力な対抗馬がゐて、それ即ち生卵…卵かけごはんである。卵をごはんに並ぶ完全食と呼んで、おそらく強い反論は出ないと思ふが、ひと垂らしの醤油(これくらゐは勘弁してもらひたい)があれば、完璧の度合ひは更に高まるし、佃煮や海苔、鶏のそぼろがあれば贅沢なご馳走に変貌するのも凄い。唯一の難点はお茶碗乃至丼が汚れることか。お味噌汁もつければ解消するが、それだとこの稿の主旨からは外れて仕舞ふ。残念だなあ。

 ここまで書いてから、おかずらしいおかずを撰ぶのを忘れてゐた。折角のごはんなのに、何を考へてゐてたのか知ら。

 鮭の塩焼き。

 鯖の味噌煮。

 鰯の生姜煮。

 鰯には下つてもらつて、鯵の開きに登場願ふのもいい。断然食事らしくなる。惜しむらくはお味噌汁とお漬物、酢のものと揃つて眞価を発揮する点であらう。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏だつて、きつと賛同してくれるにちがひない。これは豚の生姜焼きや鶏の唐揚げでも同じことで、意外と云へば意外な盲点であつた。

 ああもう。

 といふ聲が聞こえなくもない。悩ましいのは解つた、色々と挙げるのもまあ解つた。それで結論はあるのかないのか、どうなのだ。

 いやまことにご尤も。

 一応の、と念を押す必要はあるだらうが、結論(めいたもの)はあつて、別に凝つてゐるわけではなく、玉子焼きがそれである。塩胡椒と精々牛乳(やはらかくしたければ)で仕立てた、あまくなく、ふはふはしてもゐないやつ。刻んだ韮入りならもつと悦ばしい。但しあれやこれやと入れるのは、かへつて玉子焼きの味を損ねる結果になるから、ご用心なさい。理想を云ふなら、たつぷりの大根おろしと分葱と醤油、薑を添へてもらひたいが、無くても大した問題ではない。更に煩い話を許してもらふなら、白身は固まりきらないくらゐの堅さが好もしく、これならお味噌汁やお漬物の助けを求めなくてもいい。炊きたてのごはんに出來たての玉子焼き。まつたくのところ、人生の幸せを感じられる組合せではありますまいか。仮にそれを大袈裟だと笑ふひとがゐたら、そのひとの“人生の幸せ”は、随分と稀な体験にちがひない。心から同情を申し上げる。