閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

253 ミステイク

 過日、お財布にちよいと、余裕があつたのをいいことに、ふらつと近所の呑み屋に出掛けた。かういふのはまことにいい気分である。少し早い時間かも知れないと思つたが、既に暖簾が出されてゐたから安心した。

 最初は壜麦酒…気にするひとの為に云ふと、サッポロの赤ラベル…ともつ煮。ぐつと空けながら、串焼き(ハラミとレヴァ、カシラの脂のところ)を註文する。何度か通つた呑み屋なので、焼き方はお任せで。それから時間が掛かるだらうと思つて、揚出し豆腐も頼む。暖簾の外には未だ晝の名残りがあつて、如何にも駄目なひとの気分になれるのもまた宜しい。

 もつ煮は先づそのままで。それから七味唐辛子を振る。さうしてゐたら、ハラミが塩焼きで出されたので、素早く食べると上塩梅だつたから、嬉しくなる。間を少し置いて、カシラがたれ、レヴァは味噌たれで出される。見た目は似てゐても、食べると味はひは丸で異なる。

 その後を受けるやうに揚出し豆腐が出て、これは正直なところ、あまり感心しなかつた。まづくはないにしても、削り節でなく粉末状のそれを使ふのは、口当りがもそつく感じになる。何より大根おろしを添へないのは、どうも気に入らない。但し味つけは非常に淡泊だから、大根おろしを添へると、水くさく感じられるかも知れない。

 この辺りで壜麦酒が空になつたので、ホッピーに移り、チーズ・オムレツを追加する。ホッピーが旨いのかどうかと訊かれると、返答に窮する気分にもなるのだが、甲類の焼酎を呑むとしたら、ひよつとすると一ばんいいのではないかとも思はれる。その前に甲類を呑まうと考へるのが誤りだと指摘される可能性はあるとして、さういふ呑み方をしたい時があつても不思議ではないでせう。

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 併しこの日計りは讀みの間違ひ。

 早速食べるとバタの効かせ具合が控へ目で、揚出し豆腐と同じく、と云ふのはをかしいかも知れないが、名前の割りに淡泊に感じられる。勿論ケチャップの甘みやチーズの濃さはあるにしても、さういふ味が飛び出してゐない。これなら肴になる。お酒にするのが正解だつた。咄嗟にさう思つたのは、尊敬する丸谷才一先生が、洋食屋でオムレツを肴に菊正を呑むとか、さういふ話を随筆に書いてをられて、記憶に残るくらゐだから、どうやらあくがれを感じてゐたらしい。

 お酒を頼まうか。

 さういふ考へが頭をよぎつたけれども、目の前には中身を追加したホッピーがある。仮にお酒を註文するとして、綺麗に収まりはしない(その辺は呑んでから調整すればいいと思ふのは、あまりにも短絡に過ぎる。わたしはおいしく呑みたいのであつて、お酒を頼んだとしても曖昧にしか味はへないにちがひない)だらう。と考へて、その日はホッピーでチーズ・オムレツを平らげた。決して惡い組合せではなかつたけれど、あくがれの酒肴に到らないままになつたのはどうも、消化不良な感じがする。このミステイクは近いうちに、挽回しなくてはならない。