閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

260 味噌について

 大豆や麦などに塩と麹を加へて作る醗酵食。

 といふのが、味噌の大雑把な定義らしい。

 曖昧である。

 当り前の話で、いつどこで、どんな風に出來たのか判然としないのだから、定義も曖昧になるざるを得ない。

 かういふ話はプロフェッショナルに訊くのが一ばん確實である。そこでマルコメ味噌の[味噌の発祥と歴史]といふ稿を見ると、次の如く書いてあつた。

 

『味噌の起源は古代中国の食品「醤(しょう/ひしお)」※1「豉(し/くき)」※2だと考えられています。日本にいつ頃どのように伝来したかは、よくわかっていません。「醤」という文字が日本で初めてみられるのは「大宝律令」(701年)で、 「未醤」という文字が書かれており、これが「みしょう」 ⇒ 「みしょ」 ⇒ 「みそ」と変化していったといわれています。

※1 「醤」は鳥獣の肉や魚を雑穀、麹、塩と漬け込んだ、「魚醤」に近い発酵食品。ソースや醤油と同じように使われていたと言われる。 

※2 「豉」は大豆や雑穀と塩からつくられた発酵食品』

 

https://www.marukome.co.jp/miso/history/

 

 序でにコトバンクでの扱ひも見ておきませう。例によつて、冗長な部分と無関係と思はれる箇所は削除し、適宜に改行を施してゐますよ。

 

◾️ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

 日本の伝統的食品,調味料。大豆を蒸し,つき砕いたものに食塩を加え,麹菌で分解し,熟成させてつくる。

 一般に,晩春から初夏にかけて仕込み,一夏ねかせてできるが,最近は短期間に発酵熟成させる方法が多い。

 古く中国より朝鮮を経てその製法が伝えられたといわれ,醤 ,未醤として8世紀頃の記録に残っている。重く,輸送に適さなかったため全国各地に多くの製品がつくられた。

 用途によって嘗味噌と普通味噌に分けられる。嘗味噌には径山寺味噌,鉄火味噌,たい味噌,ゆず味噌などがあり,そのままおかずとして食べる。普通味噌はおもに味噌汁などの調理用として用いられ,米麹を主体とした米味噌(江戸味噌,仙台味噌,信州味噌など),麦麹を主体とした色の赤い麦味噌(いなか味噌),豆麹を主体とした色の濃い豆味噌(溜味噌,八丁味噌,三州味噌など)がある。蛋白質の供給源としてすぐれた食品である。

 

◾️デジタル大辞泉

 みそ【味×噌】

 調味料の一。大豆を蒸してつき砕き、麹(こうじ)と塩を加えて発酵させたもの。原料の米麹・麦麹・豆麹の別により米味噌・麦味噌・豆味噌、色から赤味噌白味噌など、味から甘味噌・辛味噌などに分けられる。

 

◾️百科事典マイペディア

 コウジカビによる発酵食品の一つ。調味料にする普通味噌と,副食物としてそのまま食べるなめみそに大別される。

 普通味噌には蒸し米(麦)を麹にし,それに蒸しダイズ,食塩を加え発酵熟成させる米(麦)味噌と,蒸しダイズだけで味噌玉麹を作り,食塩を加え発酵熟成させる豆味噌とがある。

 また製品の色により白・淡色・赤味噌,食塩の多少により甘・辛味噌の別がある。江戸味噌(赤・甘味噌),京風白味噌(白・甘),仙台味噌(赤・辛),信州味噌(淡色・辛)は米味噌,いなか味噌(赤・辛)は麦味噌,八丁味噌(赤・辛)は豆味噌。味噌汁がおもな利用法で,ほかに田楽,ぬた,味噌漬など種々に利用される。

 

◾️日本文化いろは事典

 味噌とは大豆や米、麦などを蒸したものに食塩と麹(※)をまぜて発酵させた調味料の事です。 日本食の定番料理である「味噌汁」は、味噌を使った最もポピュラーな料理で、日本の食卓には欠かせない存在です。 日本各地で様々な種類の味噌が製造されていて、その地方の郷土料理などにも多く使われています。

※麹…酒・醤油・味噌などを製造するのに用いるもので、米・麦・豆などを蒸したものに麹菌を繁殖させたもの。

 

◾️栄養・生化学辞典

 蒸したダイズ,コメ,オオムギなどを砕いて食塩,麹と混ぜて樽などの中に保存して発酵させた調味料.

 

◾️食の医学館

 味噌は、主原料のダイズに麹と塩を加え、これを発酵、熟成させてつくります。

 このとき用いる麹に、米麹を使うのが米味噌、麦麹を使うのが麦味噌、豆と麹菌のみでつくられるのが豆味噌で、さらに細かな製法のちがいによって多くの種類があります。

 味噌は中国で発祥し、朝鮮半島を経て、平安時代に日本へ製法が伝えられたといわれます。最初につくられたのは豆味噌で、のちに米麹や麦麹を使う製法が誕生、江戸時代には一般庶民のあいだにも普及するようになりました。

 一時、味噌は塩分過多の要因とされて消費が落ちていましたが、最近ではその栄養的価値が見直され、健康食として高く評価されています。

 

◾️大辞林 第三版

  調味料の一。蒸した大豆に食塩と麴こうじを加え、大豆タンパク質を分解させて作ったもの。豆麴を使った豆味噌、麦麴を使った麦味噌、米麴を使った米味噌がある。古くに大陸から伝わり、米食に合った調味料として、またタンパク源として使われてきた。

 

 一ばん親切な記述はブリタニカだらうか。大掴みに掴み易い。酷いのは日本文化いろは事典と食の医学館(七割以上は削つた)味噌を紹介する讀みものとしては兎も角、“味噌はかういふ食べものなのです”と示さうとする姿勢すら感じられないのは、惡い意味で凄いよ。

 さて。現代の味噌と直に結びつくかどうかには疑問が残るとして、上をざつと讀めば、穀物を醗酵さした食べものは遅くとも8世紀前には成り立つてゐたらしいと判る。文献に記されたといふことは、記すに値すると判断される程度に、それがあつたと考へられる。そこで突然不思議に思つたのは“味噌”の文字であつて、デジタル大辞泉にはさりげなく“味×噌”と書かれてゐる。“未醤”の音が転じたのにあはせて、この字が用ゐられるようになつたのだらうか。併し調べてみると“噌”の字は“かまびすしい”…煩いといふ意味で、これを食べものに使ふ例は日本語だけらしい。確かに中國では似た食べものに豆瓣醤や甜麺醤のやうに“醤”をあててある。“噌”を使つたのは誤用だらうか。それとも醗酵さした味は、我われのご先祖にとつて“複雑で賑やか”に感じられたのか。

 味噌が醤(これは液体に近い)からどんな経緯で味噌になつたのか。大豆乃至穀類の保存食として変化または發逹し、それが調味料のやうに使へるまでなつたのは13世紀から14世紀に入つてから(歴史の区分で云へば鎌倉時代の後半から室町時代にかけて)らしい。たれかが現代の日本の源流を遡ると室町期に辿り着くと主張してゐたのを思ひ出した。建築や礼法、美意識を例に挙げてゐたと記憶するが、味噌もどうやらそこに含まれる。尤も味噌の場合、實際的な目的もあつたらう。些か乱暴に云へば、この時期…正確には徳川の幕府が安定するまで…は内乱と小競合ひとその中間期が烈しく入れ替つてゐた。詰り常に兵糧を確保する必要に迫られ續けてゐたと見てもよく、さう考へた時、味噌が持つ保存性と栄養の高さが注目されても、不思議ではないでせう。

 勿論ここで、味噌が旨かつたことを忘れるわけにはゆかない。戰場でまづい飯を喰はされたら、兵は逃げ出すにちがひないさ。米國の兵隊がスパム・アンド・ビーンズだけで戰へたのは、あの國の食べもの事情が貧弱だつたからに過ぎない。それに味噌がまづい食べものだつたら、今に到るまで残れなかつたのは間違ひない。利便性の点から見ても、お味噌汁は云ふに及ばず、そのままつまんで、味噌漬け…これは魚肉でも野菜でも…、味噌焼きに味噌煮にして、食卓に酒席に似合ふ。大した發明と云ふべきで、“醤”の本場である中國や、ソース大國の佛蘭西に味噌のやうな食べもの兼調味料はあるのか知ら。あつても不思議ではないし、無いなら無いで納得出來さうな気がする。原形は兎も角も、今の味噌は我が國特有の奇妙な食べものと云つてよく、外ツ國にも特有の奇妙な食べものがあるのは当り前だから、味噌の奇妙さ…特殊性…をもつて、我われの偉大さよと胸を張るのは愚劣な態度だとは解つてゐても、愛國心は刺戟される。他國を貶めないだけ、無邪気なものだけれど。

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 かういふことを考へたのは最近、甘味噌豆腐煮込定食(780円)を食べたからである。惜しむらくは韮が少し計り足りなかつたことだが、それは小さな問題と云へるくらゐに旨かつた。近所の某店は推奨に値する。