ポンペイ。
バルセロナのアパートメントで、シンガポールのレストランで、ダブリンのパブで。
草原のパオ。
湖畔のロッジ。
川縁の板敷。
見知らぬ路地裏。
見馴れた町角。
夕暮れと夜とが蕩けた時間。
(月はやはらかにときほぐれ)
メフメトとスレイマンとアタテュルク。
細くすすどい姿を徴に持つ國の旗を纏ひ、御宿に降り立てば、沙漠には蔭が落ちる。
(靄のやうにひろがつて)
駱駝の背に身を任せ、ヴェネーツィア…おお、その名は光で出來てゐる…を遥かに過ぎ。
(やがて折り畳まれる)
アパートメントではなく、レストランではなく、パブではなく、パオでもロッジでも板敷でもない、見馴れた初めての路地裏で。
少年の背伸びに似た韮と、少女の純潔を證たてる大根と、初恋の羞らひに似た薑がかしづく時、やはらかな黄金の延板があらはれる。
王侯よ貧民よ。
コンスタンティノポリスでポンペイでサマルカンドで、バルセロナでシンガポールで、ダブリンで、文明の彼方、文化の隅、世界の涯てで、皿を箸をホークを手に、月光の塊を食み、一献を傾ける夜が來た。