閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

307 カレーシチュー

 小學校六年間の樂しみと云へば給食だつた。所謂ご飯給食は知らない。中學校に進學する年度になつて、試験的な導入があつたさうで、悔しかつたのを覚えてゐる。食べられなかつたからさう思ふので、實際に食べてゐたらちがふ感想を持つた可能性はあるが、食べてゐないのだから、どんな感想を抱けたのかは判らない。

 それより不思議なのは、その樂しみだつた給食で何を美味しく思つたかの記憶が丸で残つてゐないことで、わたしが通つた小學校での給食は、数人ごとの班に分かれて食べた。お喋りしながらなのは勿論で、先生が八釜しくなかつた所為か、それで注意された記憶はないし、残さず食べませうと変な標語が掲げられてゐた記憶もない。滝口先生と木下先生にはここで御礼を申し上げる。

 前段で丸で残つてゐないと書いたが、ひとつ例外があつた。給食の献立は事前に一カ月分が印刷されたのが配られるのだが、そこにカレーシチューと書かれてゐたら、昂奮したのを思ひ出した。シチュー風に仕立てたカレーなのか、カレー味のシチューなのか、カレーのルーを水つぽくしたのか、その辺の記憶は曖昧である。樂しみだつたのは確實で、旨かつたのは記憶の改竄かも知れないけれど、かういふ改竄なら直す必要はなからう。

 それに旨かつたと書きはしても、どんな味だつたかは曖昧である。仮に今、当時の給食室の小母さんが、当時の材料と作り方でカレーシチューを用意してくれて、果してそれを旨いと云へるかは甚だ疑はしい。もう一ぺん食べてみたいと思ひはする。ただそんなら食麺麭や壜入り牛乳(わたしの小學校では太田牧場のホモゲ牛乳だつた)は欠かせないし、何よりクラスメイトにゐてもらはないと、カレーシチューの味は完成しないと思はれてならない。