閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

322 AF600(ニコン)

 この型番で直ぐにあのカメラねと解るひとは少ないんではないかと思ふ。通称はニコンミニ。コンパクト・カメラである。

 前々から思つてゐるのだが、ニコンは中級機普及機の作り方賣り方が、本当に下手糞な会社ですな。何が流行つてゐる、受けてゐるといふところに鈍感だし、やつと気がついて形にすると、それがどうにも間が抜けてゐる。同じ抜くなら肩肘の力を抜けばいいのに、生眞面目な態度を崩せないから、こちらとしては批判もしにくい。まあ大会社だから色々と六づかしいんだよと弁護は出來るかも知れないけれど、同じ大会社のキヤノンにはさういふ印象がうすい。尤もキヤノンの場合、時に軽薄な感じがされる。ブランド・イメージといふやつは中々六づかしいのだな、きつと。

 念の為に云ふと、ニコンの中級機普及機が全滅なのではない。EMといふ一眼レフがあつて、これはよく出來てゐた。何といふこともない絞り優先露光専用のカメラだつたが、ボディの部品配置だけでなく、フラッシュやスピードライトと組合せた時も、綺麗な姿であつた。簡易型F3とでもいへるカメラだつたが、纏り具合ではEMが勝つてゐるも知れない。手柄の大部分は両方を手掛けたジウジアーロに帰するとしても、そのスタイリングに諾といつたニコンもえらい。尤も四十年前の機種が最初に浮ぶこと自体、どんなものかなあと思へなくもない。

 そのEMから十三年後に發賣されたのがAF600…ニコンミニ。妙なカメラであつた。ニコンなのに随分と小さかつたのがひとつ。また当時のコンパクト・カメラでは当り前だつたズーム・レンズではなく、28ミリ/F3.5の単焦点レンズを採用してゐたことも挙げておかう。このレンズは嵌まるとたいへんよく寫つた。ファインダは見辛い上、ボタン類はふにやふにやと柔らかくて押しにくかつたのだが、そこは廉価な分、我慢してもいい。

 いいとして、ニコンはたれにこのカメラを買つてもらひたかつたのだらうと。プロフェッショナルやハイアマチュアのサブカメラとするには、操作系の出來が惡い。寫眞を趣味としないひとに28ミリ単焦点は使ひ勝手が宜しくない。わたしのやうなカメラ好きには面白がられるだらうが、それは少数派だつた筈である。要はマーケティングが間違つてゐたとしか思へない。ただ翌年にR1(リコー)とティアラ(富士フイルム)が似た方向の機種を出してきて、特に前者は今に到るGRの源流にもなつてゐるから、単焦点レンズを採用したコンパクトなカメラといふ考へ方は正しかつた。