閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

351 麦酒を招くやうなカメラ

 手元にリコーのXR‐7MⅡといふ旧式のカメラがある。調子のよくない個体で、時々ミラーが上りつぱなしになるから、気がるに持ち出しにくい。

 併し機能の面を見るとまつたく気がるな機種であつて、詳しいことはご自身でお調べなさい。特筆すべき点は何も無く、カメラの基本的な使ひ方を知つてゐれば、説明書を失くしても困りはしないとここでは云つておく。

 これはどうやらコシナからOEM供給されたらしいのだが、その辺はまあどうだつていい。旧いのも含めたKマウントのレンズを使ふには中々都合が宜しく、今のリコーがデジタル方式でかういふカメラを用意しないのが不思議でならない。

 がらくた函に転がつてゐたペンタックスのM28ミリ(F2.8)をつけた。それだけでは寂しい感じがされたので、オリンパスの28ミリ(F3.5)用のフードを追加した。レンズ・キャップはコシナ。それからニコンのシャッター・ボタンと接眼当てがあつたから更に取りつけた。惡くないなと思へて、さうなるとストラップをつけないと締りがないから、コニカの布ストラップを引張り出した。ペンタックス28ミリと同様、全部がらくた函からの發掘である。何故こんなものが埋もれてゐたのか、さつぱり判らない。

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 その辺りの事情は兎も角、この混成XR‐7MⅡは恰好がよい。フヰルムを一本詰めて、一日掛りで撮つて、プリントに出してから、麦酒を呑みに行きたくなる、といふのは、わたしにすれば褒め言葉になる(ライカだと、うつかりが怖くて、とても呑まうとは思へない)のだが、ここで云ふ恰好よさは寫眞を撮りたいと思はせる恰好よさでなく、麦酒を呼ぶ恰好よさである。

 打ち割つて云ふと、どこかに行つて寫眞を撮らうと思へたのは、もう何年も前の話で、今となつてはさういふ目的で、カメラを持ち出すのが、面倒で仕方ない。尤も撮影やカメラがきらひになつたとまでは云へなくて、自分の樂しみの中での順位が低くなつたのが實情だらう。

 では何の順位が高くなつたのだと訊かれさうだがそこまでは判らない。どうせ麦酒だらうと云はれても、麦酒の順位は元々カメラより高い。それは寫眞といふ藝術を愚弄する態度だと叱られるかも知れないが、寫眞は寫眞である。その中の何枚かがもしかすると藝術に重なつても、それが寫眞そのものを藝術にするわけではないし、仮にさうなつたとしても、その藝術はたれかに任したい。

 かう書いて不意にカメラと撮影と寫眞をごちや混ぜにしてゐるなと気がついた。それで冷静になると、わたしはカメラといふ物体が好きで、寫眞を観る行為はそこそこで、撮影といふ動作にはそれほどの思ひ入れが無い…無くなつたのではないかと思つた。混成式のXR‐7MⅡを、麦酒を招くやうなカメラと褒めたくなるのは、その辺に事情が潜んでゐると考へられるが、キヤノンニコンでさういふ感覚を覚えた記憶が無いのは何故なのか。