閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

371 急行列車のこと

 二十年とか三十年とかそれくらゐ前、東京から大坂に帰省する時、東海道本線を使つたことがある。当時は早朝に東京を發車する静岡行きの急行列車があつて、それに乗つてみたかつたのが理由である。確か静岡から豊橋を経由して名古屋まで出てから、近鐵の特別急行列車で上本町に到る径路だつた。

 

 その何年か後、同じ東海道本線の各驛停車だけを使はうと思つた。その時も早朝に東京を出て、夕刻に名古屋着。一泊して大坂に辿り着いた。切符代は廉かつたが、名古屋での宿泊代だの晩めしだので、東海道新幹線に乗るより高くついた。それはいいとして、名古屋の飲食について何も知らなかつたのでそこは詰らなかつた。知らなかつたのはこちらの失敗なので、名古屋人は気にしなくても宜しい。

 

 阿房な眞似をしたねえと云はれるだらうし、一概にちがふとも云ひにくいのだが、愉快な半日であつた。新富士だかその辺りでの乗継ぎ待ちで啜つた立ち喰ひ蕎麦は旨かつたし、名古屋で喰つた串焼きだつてまづくなかつた。それより小田原を過ぎてから走る海沿ひがよくて、曇り空の隙間からこぼれた朝の陽光が、波の頭を照らした様は、舞台の主役を花やかに色どつたやうで、あの時は罐麦酒を呑んでゐたが、暫く呑むのを忘れた。

 

 東海道新幹線にはお世話になつてゐるから、多少の心苦しさを感じつつ云ふと、車窓の風景は東海道本線に大きく劣る。もうひとつ云ふと、東海道本線は生活路線でもあるから、時間帯によつて客層ががらりと変る。通學の制服や通勤の背広の乗降が續いた後は、どんな用事があるのか判らない爺さん婆さんの乗り降りが續く。光る波の頭を見た後はまた罐麦酒を呑みながら、さういふ入替りを眺めもして、もしかしたら、こんな早くから麦酒なんてと思はれたかも知れない。

 

 さういふ樂しみはローカル、といふより生活の中にある路線でしか味はへないもので、時間が掛るのは決して惡い計りではない。仮に惡いとしたら、特別急行列車を使へばよいので、東海道新幹線の値うちはその撰択肢を寄越して呉れたことにある。帰省でも旅行でも、降りる驛に早く着到すればいいとは限らない。以前から何度も触れてゐる通り、列車の中で呑む麦酒や摘まむお弁当は、列車の中だから旨いもので、そこを存分に樂しまうと思ふなら、東海道新幹線は速すぎるし便利すぎもする。

 

 併しざつと確めると、東京または新宿發で、西に上る急行列車が見当らない。特別急行列車や快速電車は幾つかある。遠い区間を速く行くか、短い区間を遅く進むか、その区分けが極端になつてゐるらしい。實用、詰り降りる驛に早く着到する点だけで考へれば、それで別に不都合も無いのだらうが、我われは合理的で合目的的な理由だけで列車に乗るわけではない。特別急行列車と快速電車を廃止せよと云ふのではなく、乗ること自体、車窓の景色だつたり、乗客の入替りだつたり、罐麦酒や幕の内弁当だつたり、途中驛の立ち喰ひ蕎麦だつたりを愉しみに出來る列車があつても惡くないのではないか。

 

 たとへばそれをけち臭くてしみつたれた發想だと非難は出來る。さういふ愉しみは降りてからに取つておくと云ふひとがゐてもかまはない。寧ろさういふ人びとが多数を占めるにちがひなく、でなければ、ダイヤグラムがさういふ人びと向けになりはしない。わたしだつて普段はさういふ人びとに属するから、合理的で合目的的なダイヤグラムは有難い。有難いのは認めつつ、その隙間の樂しみも残してもらひたいと思ふので、それを無理筋の望みと云はれると困る。

 

 そんなら東海道本線に急行列車が甦るとして、令和の帰省に乗るのかと詰問するひとが現れさうで、確かにさう訊かれたら、正直なところ、どうだらうなとは思ふ。但しそのどうだらうは乗りたくないといふ気持ちより、乗りたいけれどもの、けれどもの部分の方が大きい。けれどもの部分をもう少し具体的に云ふと、一日掛り、一泊経由で麦酒やお酒をやつつけ、お弁当に定食にお摘みを平らげるまではいいとして、實行に移すと疲労困憊の極に達するのではないかといふ不安である。裏を返すとその不安が解消されるか、疲労困憊の極もまた一興と思へるかすれば、急行列車や各驛停車で遠くまで行くのに躊躇は感じない。残るのは撰択肢が出來ることで、大事なのはまたそこなのでもある。