閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

389 甘味噌の推理

 甘味噌豆腐。

 好みで云へば、もうちつと、山椒の利いた方がよかつたんだけれど、何しろお晝の定食である。麦酒に適ふ味つけは控へたのだらう。ごはんには大変よく似合つた。豆腐を炒めるのは中華料理の手法かと思へるが(實際この定食を食べたお店は、中華居酒屋を名乗つてゐる)、大した工夫である。

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 さて。そこでちよいと気になつたのは“甘味噌”であつて、これはどういふ食べもの、でなければ調味料なのか。『精選版 日本国語大辞典』(Web版)で確めると

 

 ◾️あま‐みそ【甘味噌】

〘名〙 塩けが薄く甘みのある、みそ。江戸味噌。⇔辛味噌

※東京風俗志(1899‐1902)〈平出鏗二郎〉中「味噌は白味噌赤味噌・甘味噌〈略〉等の類あり」

とある。更に“江戸味噌”を確めると

 ◾️えど‐みそ【江戸味噌】

〘名〙 近世後期以後江戸で製造された味噌。赤味噌のうちの甘味噌で、「中甘」ともいわれるもの。

滑稽本狂言田舎操(1811)下「ヲヲ鯰か、夫がよかんべい。江戸味噌で吸物にして呉さっせへ」

序でに『デジタル大辞泉』(Web版)を見ると

 ◾️えど‐みそ【江戸味×噌】

江戸時代以来、東京で製造される味噌。米こうじを使い、甘味噌に属する。

とあつて、甘味噌豆腐は日華合作かと思つたが、待てよ甜麺醤といふのがあつたなと頭に浮んだ。えいやと『大辞林 第三版』(Web版)に目を通すと

 ◾️テンメンジャン【甜麺醤・甜麵醬・甜麪醤・甜麪醬】

〔中国語〕

小麦粉から作る中国の甘味噌。

無愛想だねえ。甘味噌との関連がどうもはつきりしない。“江戸味噌”項にあつた“赤味噌”を見てみませうか。『精選版 日本国語大辞典』(Web版)には

 ◾️あか‐みそ【赤味噌

〘名〙 白豆に、麦こうじを混ぜてつくった赤茶色のみそ。仙台みそ、江戸みそ、いなかみその類。⇔しろみそ。

俳諧・炭俵(1694)上「赤みその口を明(あけ)けりむめの花〈游刀〉」

また『デジタル大辞泉』(Web版)では

 ◾️あか‐みそ【赤味×噌】

赤みがかった色の味噌。大豆に、米・大麦または大豆の麹と食塩とを混合して熟成させたもの。辛口が多い。仙台味噌・田舎味噌・江戸味噌など。あか。→白味噌

 

“辛口が多い”赤味噌の筈なのに、“塩けが薄く甘みのある”甘味噌がそこに含まれるのは、何とも判りにくい。“甘い”と“辛い”の使ひ分けが、ひどく乱雑な所為だからか。それに“味噌は白味噌赤味噌・甘味噌”を見れば、赤と甘は別扱ひらしいとも思へて(『精選版 日本国語大辞典』では両項に矛盾は無い)、辞書は六づかしい。ひとまづ日本の甘味噌と中華の甘味噌は別ものらしいぞと判つたから、よしとしておかうか。

 

 ではわたしに舌鼓を打たせた甘味噌豆腐の甘味噌はどちらを使つたのだらう。画像を見つつ、味を思ひ出すと、甜麺醤ではなかつたか。

 「中華居酒屋を名乗るんでせう。だつたら甜麺醤を使つたつて、不思議ぢやあないよ」

と苦笑するひとが出さうだが、そんなら品書きに、“甜麺醤豆腐炒め”と書けばすつきりするのにと思はれる。

 かういふ細かい事を気にするのは、厨房のひとに和食の系統を學んでゐた気配があるからで、味つけのどこかしら(特に汁もの)に、鰹節で引いたお出汁が感じられる。勿論あからさまではないにしても、そんな印象があると、この甘味噌も純然とした甜麺醤ではなく、甜麺醤に少量の江戸味噌を混ぜるとか、さういつた手間、工夫が隠されてゐるのか知らと勘繰りたくなつてくる。

 「それだつたら判りさうなものでせう」

と云ふのは誤りで、辰巳浜子さんが我われに教へて呉れるところを記憶で書くと、どこか纏まりに欠けるとか、締りが足りないとか、そんな時にほんの少し使ふのが隠し味で、何を入れたか判つては駄目なのだといふ。詰り“隠し味ありき”ではいけませんよと云つてゐて、中々手厳しい。我が甘味噌豆腐の實際はどうだつたか。訊いてみたい気持ちもあるけれど、かういふのは曖昧なまま、あれこれ調べ、推測する方が樂いかとも思へる。

 

 さうさう。

 最後に小聲で云ひ添へると、かういふ料理の場合、絹漉しより、木綿乃至島豆腐を用ゐる方が美味いと思ふ。