ある朝ふと、目玉焼きの定義を調べてみた。その"ふと"が一体どこからきたものか、別の問題になる筈なので、ここでは踏み込まない。
フライパンに二個または一個の卵を割り入れて焼いたもの。黄身を目玉にみたてていう。
■実用日本語表現辞典
生卵を溶かずにフライパンの上に投入し、白身と黄身が混ざらないように円く焼き上げた料理のこと。
■和・洋・中・エスニック 世界の料理がわかる辞典
フライパンに卵を割り入れ、かき混ぜたりせず割り入れた形のまま焼いた料理。白身と黄身の二重の円を目玉に見立ててこの名がある。「フライドエッグ」ともいう。また焼き方として、片面だけを焼くことを「サニーサイドアップ」、片面が焼けたらひっくり返して両面を焼くことを「ターンオーバー」という。さらに「ターンオーバー」の焼き加減として、黄身がほとんど生のものを「オーバーイージー」、黄身が半熟のものを「オーバーミディアム」、黄身が固まるまでよく焼いたものを「オーバーハード」という。
卵料理のひとつで、平坦な鉄板などに卵を割り入れて焼いたものである。黄身と白身が共に平円状となり、見た目が目玉のようになることからそう呼ばれる。
一部は省略した(Wikipediaは概要部分のみ。また仮名遣ひは原文のまま)が、定義附けの部分はほぼそのまま引いてある。解り易いのは"世界の料理がわかる辞典"か。但し文章自体は下手ですな。調理法と呼び方の区別までひとつの流れになつてゐて、自分で改行を入れる必要がある。六づかしいものだねえ。上の四つを通讀するとおほむね
生卵(一個か二個)を割る。
↓
但し割つた卵は混ぜない。
↓
フライパンで円状に焼く。
のが目玉焼きで、焼くのが片面か両面か、また火の通し具合で分類されるのだなと判る。併しここで不思議なのは、(黄身の)見た目が"目玉のやう"だから目玉焼きの筈なのに、両面を焼けばその"目玉のやうな"見た目は失せて仕舞ふ。これはフライド・エッグのターン・オーヴァ(仮称)として、目玉焼き(サニー・サイド・アップ)とは区別すべきではないかと思へてくるが、上の四項はいづれもその点に触れてゐない。
「それは云ひ掛りにすぎない」
「惡しき厳密主義だ」
と批判されさうであるが、保守的且つ厳密主義が基本の辞書表記に矛盾がある…感じられるのだから、こちらに話を持つてこられても困る。いつそ四項を纏めつつ
■目玉焼き:生卵を掻き混ぜず、フライパンで焼いた料理。一般に片面を焼いた際の見た目(特に黄身の部分)が目玉を連想させる事に因む。
※両面を焼き、黄身が見えなくなつた仕上げでもかう呼ぶ場合がある。
として、フライド・エッグだのサニー・サイド・アップだのターン・オーヴァだのは更に別注で触れれば済むんではなからうか。日本語に資する提案とは思はないけれど。更に云へば目玉焼きは辞書的な定義に収まらないところに議論の余地がたつぷりあつて、そこが寧ろ面白い。基本的には
イ)片面か両面かの焼き方。
ロ)黄身にどの程度火を通すか。
ハ)調味料は何を用ゐるか。
の組合せなのだが、そこに何と一緒に食べるかといふ点が絡んでくる。パンにあはすとして食パンとバゲットとクロワッサンで考へ方は変る。ごはんと云つても別のおかずはあるのか、あるとしてそれが鯖の塩焼きかハンバーグかで対応は変る。目玉焼きの周辺には無数の組合せがあり、然も我われの気分といふ重大な要件まで考慮の必要を認めると、無差別級の決定版はあり得ないと云つていい。なので最初に挙げる
イ)片面焼き。
ロ)半熟。
ハ)醤油。
といふ組合せは、ごはんとあはせ、また外のおかずも焼き魚や鹿尾菜である事を想定したわたしの原則であると申上げなくてはならない。これが食パン(トースト)やバゲットなら
イ)両面焼き。
ロ)半熟よりややゆるめ。
ハ)ケチャップ。
と変つて、黄身をゆるくするのが好もしいのは、挟んで食べた後、溢れた黄身をパンの欠片で拭ひたいからである。但し同じパンでもクロワッサンだつたら挟んで食べないので
イ)片面焼き。
ロ)堅め。
ハ)ウスター・ソース。
の組合せを採用する。この場合はハムかソーセイジかベーコンが添へられてゐるのがより望ましいが、それだとマスタードを追加したくなる。一体に目玉焼きはその姿が見える時は片面、何かに挟む時は両面焼きにするのが旨いと思ふ。などと書くと異論や反論が噴出するだらうとは容易に想像出來る(ひよつとすると、揚げ焼きのやうに仕上げ、魚醤や豆板醤を愛用するひとがゐるかも知れない)し、それはそれで目玉焼きの味はひ方なのだから文句を附ける積りもない。こちらの知らない目玉焼きの樂み方があればご教示願ひたいくらゐで、さう云へば吉田健一が
「辛子をハムにも卵にも一面に塗り付けて、その上にソオスをたつぷり掛けると、不思議に正直な味がして」
實にいいと書いたのは、食堂車で註文する"ビイルとハム・エッグス"についての一節。この"食堂車のビイルとハム・エッグス"も目玉焼きのひとつの姿であるし、旅行に出る食堂車の車内といふ條件は辛子やソオス以上に効果的で、イロハも何も旨いに決つてゐる。かういふ目玉焼き…食堂車に乗ると意味ではないが…を一ぺんは食べてみたいと思ふ。