閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1032 上野にて

 過日、上野の博物館で開催されてゐた和食の展示會に、呑み仲間の女性を誘つて足を運んだ。和食を科學の視点から見てゆきませう、といふ企劃意図。

 上野恩賜公園西郷隆盛像の処で待合せた。旧國鐵の上野驛で降り、ここに來るのは初めてと気が附いた。空は快晴。落ち合つてから煙草を一本吹かし、博物館に向つた。

 観覧料なのか入場料なのか、兎に角二千円を払つて、中に入つた。展示は水、茸(食用と毒の両方)、野菜、魚介類、海藻類と区切られ、精巧なミニチュアと實物で。静止画の撮影はオーケイださうで、皆むやみに撮つてゐた。後で見直したりするのか知ら。

 續くのは醗酵。お酒、醤油、お味噌。基本的な構造が同じだと解つて、何とも不思議に感じられた。他國がどうなのか知らないが、食事の基盤を醗酵に頼つてゐるのは、珍しいんではなからうか。

 そこを過ぎると、縄文、彌生、奈良平安から安土桃山、江戸期と、様々の食べものが、こちらも精巧なサンプルで並べてあつた。煮もの焼もの漬ものと、存外に贅沢に思はれた。尤も蔬菜は品種改良される前だし、調味料も貧弱にちがひなかつたから、食べて旨いかどうかは別であらう。

 次に進むと、開國以降の食事…たとへば明治帝の午餐會の献立(のミニチュア再現)…があり、一ぺんに現代風と変じたのが面白かつた。食卓に関して、明治は我が國唯一の激変…いや革命期だつたのだなあ。

 

 外に出た。足が痛いので、時計を見たら、三時間半くらゐ経つてゐて、びつくりした。二千円は廉だつた。喉が渇き、お腹も減つてきた。さ、ここからどうしませう。

 「アメヤ横丁に、気に入りのお店があるから」

そこに行つてみませうと云はれた。彼女の舌は信頼に値するから同意した。混んでゐるかも知れないとつけ加へられて、ちつと不安になつた。

 公園をぶらりと通り抜けて、アメヤ横丁に入つた。最後に來て十年…もつと過ぎた筈で、相変らずの人通りだつたが、響く言葉に外ツ國語が多く、看板の文字も叉、少からず見慣れないと感じた。要するにさうなつてゐるのだな。

 知人の誕生日プレゼントを見繕ふと云ふから、それにつき合つて、お奨めの店に潜り込んだ。、定聯さんが賑かな古ぼけた狭い立呑屋。渋い趣味だねえ彼女は烏龍ハイ、私は焼酎ハイ。摘みを任したら、これが美味しいと白レヴァの串。やや苦みが残つてゐるか。獨特の臭ひはせず、軟らかで、感心した。ここは併し、夕方ではなく、午后遅くに入つて、焼ものをあてに二杯くらゐ呑む場所のやうに思へた。先に知つてゐたら、待合せはこつちになつてゐたらう。西郷さんを蔑ろにする積りではないけれども。

 とは云へ、展を観たのとあはせて、四時間余り、立ち歩いた後の立ち呑みは足が草臥れていけない。御徒町に廿年ほどの昔、通つた居酒屋があつたから、まだ商つてゐるかと行つてみたら、懐かしの看板があつたから入つた。菜の花の昆布〆、鰆と里芋の揚げだしを註文。壜麦酒(彼女は烏龍ハイ)を平らげ、お店を運営してゐる酒藏の新酒(生酒)を呑んだ。林檎のやうな香りと、滑かな口当りは、確かにかういふ味はひだつた。何の役にも立たない(他愛ないと云ふべきか)話をして、お開きにした。充實した上野の半日だつた。

1030 敷居の向ふ

 きらひではないのに、積極的に食べもしない料理は何ですと聞かれたら、天麩羅と応じる。揚ゲタ食ツタでないと、うまくない。さういふ天麩羅を食べたければ、天麩羅屋にでも足を運ばざるを得ず…屋台賣りの廉な軽食を、御座敷料理まで昇華さしたのは、云ふまでもなく江戸人である。職人かたぎの(妙な)顕れと見立ててもかまふまい。

 

 ところで我が親愛なる讀者諸嬢諸氏は、天麩羅の種に何を好まれるか知ら。矢張り海老が一ばん人気かと思ふが、私は海老に固執しない。例外は(早鮓の)甘海老くらゐか。海老天だつて、出されたら拒みはしないけれど、欣喜雀躍もせず…魚介なら寧ろ、鱚や穴子が喜ばしいと思ふ。他に嬉しい天種は何があるだらう。

 

 烏賊。

 大葉や海苔。

 或は獅子唐。

 春菊(但し蕎麦種に限る)

 茄子…は最近、旨いと思へるに到つた。

 隠元豆。

 掻き揚げも含めれば、牛蒡や枝豆。

 

 我ながら、年寄りじみた好みに思はれる。さう云へば随分と以前、牡蠣の天麩羅を食べて、えらく感心した。フライより余程うまかつたのは、こちらの好みに加へ、天つゆと大根おろしの効果かも知れない。まあ天麩羅はつゆと大根おろしで完成するから、後者には目を瞑つてもかまふまい。それに天つゆ大根おろしにあはすとすれば、天種はどうしたつて、若もの好みから離れてしまふ。

 

 こんなことを云つたら、当の若ものから、変り種で美味しい天麩羅もあるんだよ、と指摘されるかも知れず、またそれが美味しい可能性だつてあるけれど、私くらゐの年齢になると、ハイカラを試すのが億劫に感じられるんです。そんなら天麩羅屋より多少は敷居のひくからう蕎麦屋で、天ざると序でにお酒の一合もやつつける方が望ましい。蕎麦を御座敷に上げられるまで、洗練を重ねたのも叉、江戸人だつた。

1029 そんなら

 田辺聖子さんのエセーで讀んだ川柳…だつたと思ふ。

 だんだんと そんならの出る おもしろさ

 記憶だからどこか、間違つてゐるかも知れないが、そこは気にせずに續けますよ。

 川柳の讀み解きほど、詰らないこともない。だけれどこれだけでは、何を詠んでゐて、どこでにやにやするのか、よく解らないでせう。

 男女の一句なんです。差しつ差されつ、指を取りあひ、掌をつつきあひながら

 「そんなら、ウチがね」

 「そんなら、ぼくがな」

口説いてゐるのやら、口説かれてゐるのやら、囁きあふ様の一筆書き。但しこれを、あの行為へ到る駆け引きと受けとつたら、直截に過ぎませう。こんなやり取りが出來るんだからね、共寝の時間が待つてゐるくらゐ、互ひに解つてもゐる。

 さうだらう。

 さうよね。

 ぢやあ寝ませうか。

とは併し、ならない。そんな安直な態度では、夜の長さの愉みが減じて仕舞ふ。酸いと甘いを嚙み分けた同士だから成り立つ駆け引き…川柳と云つて、我がわかい讀者諸嬢諸氏は

 「ぜんたい、何を云つてゐるんだらう」

きつと首を傾げるだらうなあ。わかくない私はその傍ら、かろく微笑むに留めたい。一応説明すると、かういふ艶つぽい詩は、その部分へ直に光をあてては、興が醒めるんです。ぼんやり曖昧だから、出來のいいお酒のやうに、ほんのり香りが立つてくる。田辺聖子さんは、その辺りがまことに巧みな書き手でした。