閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1007 残光

普段はあんまり鮪を食べない。 お刺身なら鰤、焼くなら鮭、煮るなら鯖、揚げるなら鯵が嬉しく叉望ましい。ここで慌てて云ふと、積極的に食べはしないだけで、まづいとは思ひませんよはない。どうした弾みか、鮪を好む習慣を、身に附け損ねたのだな、きつと。…

1006 (ン)メアジ

魚の旬には詳しくないから、いい加減に書くけれど、鯵は一年を通してうまい。 お刺身やたたき、塩焼き、一夜干しに南蛮漬け。 おかずにも肴にもなるのは勿論、骨で出汁を取れば、お味噌汁やお吸物にも仕立てられて、まことに目出度い。 我が國獨特の調理法な…

1005 曇り空の夕方

冬は曇つた空がいい。 夏の遠雷にならんで。 どうにも家から出るのが億劫に感じられて、かういふ時には、篭つて呑むのが最善手と云つていい。 馴染んだ呑み屋の卓をば目指すのが次善の手で、會社勤めの身では、こちらを撰ぶことが多くなる。 ある空が曇つた…

1004 試す

この組合せを試した記憶がない。思ひ出せないだけかも知れないが、思ひ出せないのだつたら、試してゐないのと同じである。それで試すことにした。 うまいものだねえ。静岡式だからなのか、おでんつゆが少いのは惜しまれるけれど、ささやかな難点に口煩い態度…

1003 ちよつとした話

"すき煮風"と呼ばれる煮方がある。"鋤焼き風の煮もの"とか、そんな意味合ひか。ものすごく乱暴に云へば、鋤焼きの割下で味つけすれば、かう呼べるのだらう…と書けば 「ははあ丸太は、"すき煮風"に批判的なのだな」 など云はれさうだが、實際は逆で、甘辛な味つ…

1002 ソースの匂ひ

ソース焼そばは、安つぽく仕立てたのが旨い。尤もさういふ安つぽい仕立てに、舌が馴染みきつた所為である。従つてソース焼そばに最適な麺とソース、キヤベツと豚肉と紅生姜を厳撰して作られたのを食べたら、意見が一転する可能性はたつぷり、残されてゐるけ…

1001 議論の為の議論の種

鶏の唐揚げには、檸檬を勝手に搾つてはならぬ、と主張する派閥がある。 一方で、相性のよさを鑑み、檸檬は搾るべきだ、と主張する派閥もある。 これを巷間では、"唐揚げ檸檬問題"と呼ぶ。 野暮を云へば、檸檬を搾るか否かは、それぞれの好みに依存する。だか…

1000 区切り

数が多ければ、えらいのかと云はれたら、さうとは限らないよねえ、と応じざるを得ない。例外があるのは念を押すまでもなく、たとへば本塁打の数は、多ければそれだけ大きく胸を張れる。併し前科だつたら、少いに越したことはない。更に数の多少と、えらいか…

999 埒もなく

書き出した時点で、[閑文字手帖]のページ・ヴューが、一万にひとり、足りないところまで到つてゐる。この稿が千にひとつ及ばないのと、歩調が合つてゐる風に見えたのだが、これはただの偶然である。 それは兎も角。 過日の晩、鶏皮(揚げ)のぽん酢和へ…鶏皮ぽ…

998 梯

年の瀬、西上前には、東都の気に入りの呑み屋を巡ることにしてゐる。巡るといつたつて、強靭ではない体だから、三軒…頑張つても四軒が精一杯である。併し気に入りの呑み屋は、三軒四軒では収まらず、そしてお酒は、頑張つて呑むものではない。となつたら 「西…

997 銅壷で煮られる時間

おでんの種を撰びなさいと云はれたら、次の順に挙げる。前半の四天王に、後半の四種を加へて八強。 玉子 大根 厚揚げ 牛すぢ 平天 飯蛸 焼き豆腐 お餅の巾着 こんな風に書いたら、竹輪麸を忘れてはいかんとか、結び蒟蒻が判らないとは素人めとか、平天ではな…

996 ふはふは、更に

しつつこく西上の、主に経路に就て迷ひ續けてゐる。ふはふはした感覚を樂んでゐる、と云ひかへてもいい。 最も時間が掛かるのは、新宿から小田急小田原線の急行に乗り、新松田で途中下車して、中沢酒造の[松みどり]を買つてから、小田原に行く。東横インへの…

995 洋食(屋)に就て

何日か前、買つたお弁当…どこだつたか、洋食屋監修を謳つた、ハンバーグとクリーム・コロッケ…の画像を見て、さう云へば(私の知る範囲の)大坂に、洋食屋は少いなあと思つた。東都には[たいめいけん]だの、[ヨシカミ]だの、[ぺいざん]だのと、好きな洋食屋が…

994 〆そば〆うどん

近年はすつかり躰が弱くなつたから、御無沙汰なんだけれど、ある時期まで、呑んだ後にそばを啜る習慣があつた。夜遅く…夜中に開いてゐるのは、チェーン店の立ち喰ひ蕎麦屋くらゐで、必然的にそこに入つた。 「呑んだ後なら、ラーメンだらう」 さう考へるひとは…

993 GRⅢを、西へ

もうこれは、外題のとほりである。 西上にあたつては、GRⅢを、持つてゆく。 一台きりの予定。 廿八ミリだけで大丈夫かと心配する向きには、感謝を示しつつも、クロップすれば、卅五ミリ五十ミリ相当も使へるから、平気なのですと応じておく。 問題は、本体の…

992 センチメンタル石油ストーブ

子供の頃の記憶だから、四十年余り前になる。大坂の家では、寒くなると、石油ストーブを使つてゐた。燐寸で火を点け、火力はダイヤルで調整するやつ。 屋根(天板と呼ぶのが正しいのか知ら)に水を満たした藥罐を乗せ、夜になつたらそこに一合徳利を入れ、お燗…

991 ふはふは、續き

西上に就て、未だふはふはしてゐる。ふはふはさしてゐると云ふ方が正確かも知れない。切符を贖へば、そこから先、新大阪驛までの予定は、自動的に決まる。迷ひに迷つた挙げ句、結論に到らなければ、指定席の取れるのぞみ號に乗ればよく、眞剣さに欠けたふは…

990 薩摩揚げと序でと

魚肉を叩いて練つて油で揚げたら、薩摩揚げが出來上る。揚げたてがいいのは勿論、冷めたのを焙りなほしてもよい。生姜醤油を忘れぬこと。長葱や大根と焚くのも宜しく、饂飩の種にしてもうまい。さう云へば九州で天麩羅饂飩を註文すると、薩摩揚げが乗せられ…

989 ぐつぐつ

令和五年の霜月上旬は妙に生暖かくて、一ぺんに寒くなるよりはましとして、どうとなく落ち着かなくもある。何故かと考へるに、鍋ものが恋しくならない。水炊きに寄せ鍋に、おでんや鋤焼き…この両者を鍋ものと呼べるのかといふ点には、議論の余地がある…、湯…

988 ふはふは

霜月になり、そろそろと西上に就て、考へ出した。例年なら、"ぷらっとこだま"を買つて、"居酒屋 こだま號"を運行させるけれど、調べたところ、その"ぷらっとこだま"が、インターネット上の販賣、且つ支払ひがクレジットカードのみとなつてゐたから驚いた。私…

987 某夜某所の某ラウンジで

某夜某所の某ラウンジで。 焼いたチーズで蓋をした器の中身は、ミートソースのスパゲッティだつた、うまかつた。 かういつたお摘みを、いきなり出してくるんだから、油断も隙もあつたものぢやあない。

986 玉子をおとしたの

蕎麦に生卵を乗せたのを、月見と呼ぶ…のは正しくない。尊敬する吉田健一は、列車旅の途中驛で、立ち食ひ蕎麦を啜るのを、樂みのひとつにしてゐたらしいが、かれはそれを 「かけに生玉子を落としたの」 と書いてゐる。あの批評家兼随筆家は、食べものに厳格なひ…

985 平日休みの或る午后に

少し前、多摩方面に行く所用があつた。所用と云つても、仕事がどうかうではなかつた。だからお酒を買つた。その中のひとつが、下の画像である。 石川酒造は[多満自慢]のカップ。 なんだカップ酒かと笑つてはいけません。しやんとした酒藏が醸るカップ酒なら…

984 与太話、鶏の皮

水戸の御老公こと徳川光圀は、鮭が大好物だつた。就中、皮を殊の外このみ、一寸厚の鮭の皮があれば、何万石かと交換してもいいと云つた由。實際にあつたら、水戸はたいへん困窮しただらう。尤も『大日本史』の編纂といふ壮大な無駄遣ひに較べれば、ましだつ…

983 唐揚げがきた

ここ暫く、鶏の唐揚げと、無沙汰をしてゐた。 何故だつたのか、解らない。 久し振りに、鶏の唐揚げを、食べたくなつた。 その気分の自覚は、色濃い。 色濃い衣の、唐揚げがきた。

982 駄目な大人の夕方と明け方

ビジネスホテルに泊る樂みのひとつは、その近所や驛前の呑み屋に潜り込むことである。併しどうもチェックインをしてから、わざわざ出るのは面倒な場合もあつて、そんな時には、予め麦酒だのお摘みだのを買つておけばよい。 「家で呑むのと、大して変らんぢや…

981 喜ばしきは

早鮓に敢ての澤乃井普通酒。 おぼろ豆腐御膳には大辛口。 一番汲みも呑んだ。 何年か前に代替りしてから、礼儀作法を學んだのか、たいへん落ち着いた佇まい。 買つて直ぐ呑んだ時は、やや酸味が立つてゐたが、翌朝になると、それも佳い感じに収まつて、贅沢…

980 長寿への懸念

廿歳そこそこの頃、五十歳を過ぎて生きるとは思はなかつた。卅年後に生きてゐる自分の姿を、想像するのは六つかしかつた。その感覚は今も、からだの隅に残つてゐる。 (おれは本当に、半世紀余りも、生きてきたのだらうか) さう不思議に思ふ時もある。年齢に…

979 狐

黑おでん。 大根。 結び蒟蒻。 信太。 このおでんは、静岡風の筈だが、信太を品書きに用意したのは何故か知ら。参考までに信太は"シノダ"と訓む。大坂に信太山といふ地名があり、そこには狐がゐる。狐は鹿と並ぶ神使の獸。その狐…神聖な獸である…が好む油揚…

978 不意のまあいいか

その積りは無かつたけれど、まあいいかと思つて、呑み屋に入つた。勿論、(ある程度は)馴染んだ(筈の)呑み屋で、併し何がまあいいのか。坐り馴れたカウンターの端に席を取つて、壁にふと目をやつたら、"月山味噌胡瓜"とあつた。訊くと山形の月山から取り寄せ…