閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

059 アマウマ

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 甘酢と旨いはほぼ直線で結びつく。

 わたしの場合。

 とまあ、ここでは念を押しておきませうか。世の中の味覚は時にこちらの想像を離れるから、甘酢と聞いてびくともしない、奇妙な感覚の持ち主がゐないとも限らないもの。

 さう云ひたくなるくらゐ、わたしの舌に甘酢はうまい。

 甘酢を使つた食べものの代表献立決定戰をしたら、酢豚が頂点を極めるでせうな。疑ひの余地はない…かどうか。と口ごもるのは、ケチャップを多用、といふより濫用した酢豚が少なくないからで、あれはまつたく感心しないね。酸つぱい湯気にむせながら、頬張るのが酢豚の愉快ではありませんか。

 となつたら、酢豚のリザーブを確保する必要が出てくるでせう。勿論我が親愛なる讀者諸嬢諸氏からもきつと数多い推薦が出るだらうが、わたしからは、揚げ鶏の甘酢あんを推奨したい。これは大きく唐揚げ風に揚げた鶏肉に

・甘酢あんをかける形式

・甘酢あんをまぶす形式

がある筈で、わたしが推すのは後者である。力強く断定するのは“揚げ鶏の甘酢あんへの確固たる信念”があつての話ではなく、ごく最近食べた揚げ鶏の甘酢あんがたいへん美味しかつたから。我ながら単純だなあ。

 食べたのは寓居から徒歩三分…もかからない場所に出來た飯屋と呑み屋の間のやうな店の定食。熱い甘酢あんのたつぷりまぶされた鶏の塊がごろんと四つ。下拵へに工夫があるのだらう、外はぱりりとしてゐるのに、歯触りがやはらかで、喰ひ千切らなくてよいのがいい。

 ごはんの外には搾菜(この出來はもうひとつ)、ソップ(ラーメンからの転用だらう)、生野菜が少々(ドレッシングに果物のやうな甘みが微かにあつた)お皿に中華料理屋めいた模様がないのは好感を持てる。七百五十円なら妥当な値段と云ふべきで、近すぎるからと足を運びかねてゐたのは、どうやら判断の誤りだつたらしい。

 食べるうちに甘酢の“甘”は“ウマ”とも讀むなと思ひ当つた。ひよつとして甘酢あんをウマ酢あんと呼んでも間違ひではないかも知れない。ただどうも味つけから察するに、食事より呑みながらに適ふと感ぜられた。ごはんとソップを遠慮して、麦酒にすればよかつたかと思つたのは、おほむね平らげてからだから、幾ら何でも遅すぎる。