閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

067 金魚とセロリ

 外で呑み歩く機会がぐんと減つた。

 いつ頃からかはつきりしない。

 確實に云へるのは厭になつたからでなく、弱くなつたことで、家で呑む方が樂になつた。

  併しどちらが先の事情か知ら。

 考へたつて詮のないことであらう。

  念を押すと外で呑むのを止めたわけでなく、偶にはさうしたくなる時もある。さうしたくなつたら留まる理由は(お小遣ひ以外に)なくて、画像はさういふ夜に撮つた。

  お店の名前は出さない。この手帖の影響力なんて無いに等しいけれど、小さな立呑屋だから、混雑するのはこまる。尤もそれなりに有名でもあるらしいから、いちいち挙げなくたつて、かまはないでせう。

  バゲットにクリーム・チーズを塗つて、生ハムを乗せ、貝割れ大根をあしらつたものがつきだしで、ちよいと洒落てゐる。

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 上段は“金魚”と名づけられてゐる。焼酎のソーダ割りに大葉と唐辛子を入れたもの。コップが金魚鉢。唐辛子は金魚で、大葉を水草に見立てた一ぱい。お代りの時に二匹めと頼めば、二本目の唐辛子が入る。少しづつ辛みが出てくるさうだが、さういふ変化を愉しむには、三匹以上の金魚が必要になるらしい。

  下段は品書きに“牛肉とセロリーの黒胡椒炒め”とあつた。近畿人にとつて、肉と牛肉はほぼ一直線に結びつくし、つきだしが旨かつたのだから間違ひはないだらうと註文した。胡椒のきかせ方が穏やかなのに、セロリーの癖を巧く抑へたのには感心した。尤もさういふ癖を好もしく感じる向きには物足りないかも知れない。

 画像では見せないが、外に焼き餃子(羽つき。註文してから焼いてくれる)と鶏の天麩羅(こちらも揚げたて)も食べた。後者は味つけぽん酢に練り辛子を添へたたれで。なくたつて十分に旨かつたけれど、お店からこれでどうぞと奨められてゐるんだもの、試さないと損だから、そちらでも食べたら、矢張り旨かつた。満足してお店を後にしたのは、改めるまでもないとして、暫く腹の底には二ひきの金魚が泳いでゐるやうな感じが残つた。