空腹で席につく。
暫し待つて、目の前に登場するのはとんかつである。勿論、千切りのキヤベツ、香の物、お味噌汁にごはんもあるし、とんかつが揚げたてなのは云ふまでもない。
さて。
ここで。
とんかつに何をかけるか。
何もかけないといふ撰択は今回、無いものとする。また複数の種類を使ひ分けもせず、ひとつだけに絞り込むことにする。それで何になるのかと訊かれても、それを考へるのが面白さうだと思はれたからで、それ以上の意味はない。
先づ浮ぶのは、ウスター・ソースだらう。
それから醤油か、その応用の味つけぽん酢。
捻くれ気分ならケチャップやマヨネィーズ、タルタル・ソース、或はデミグラス・ソース。
そしてとんかつへの意識が高いひと(どんな意識なのか、見当もつかないが)が撰びさうな塩。
うーむ、どれも、決定打とするには半歩か一歩、及ばない。野球で云へば、本塁打性の打球が、ぎりぎりでフェンスに当つて、二塁打止り…巧みな走塁で三塁まで進んだ感じ。走者を返すには、ここでもう一本、慾しい。
ウスター・ソースに辛子。
醤油(または味つけぽん酢)に大根おろし。
塩ならば檸檬。
捻くれグループにはチリー・ソース。
どうだらう。最後のは野撰かエラーでもなければ、本塁を陥れるのは無理さうだが、それ以外はきつちり、得点出來さうな流れではあるまいか。塩檸檬は渋いスクイズ・バントかと思へてきて、いや、かういふ譬へは寧ろややこしいか。
さ。ここで我われは、眼前にあるのが、とんかつだけでなく、ごはんとお味噌汁と香の物が揃つてゐるのを、思ひ出さう。撰択を誤ると一死一塁三塁の好機に、内野ゴロ併殺打で、三塁走者も還れない結果になりかねない。この場面で、ウスター・ソース(プラス辛子)の起用は、まあ定石だらうね。安打を十分に期待出來るし、最惡でも犠牲フライは打つにちがひない。
併しわたしとしてはもう少し、攻めたい。なのでここは、味つけぽん酢(プラス大根おろし)を起用する。大根おろしがまづい(稀にではあるが、おろし方を間違へたんではないかと思へたり、筋張つてゐることがある)と、併殺崩れの一点に留まりかねないが、嵌まれば、右中間を綺麗に抜いた、走者一掃の三塁打くらゐ、かつ飛ばして呉れさうな期待を持てる。それに、ごはんに適ふのだつて、間違ひはないとなると、この場面では最良の撰択であらう。
但しひとつ、注意したいのは、味つけぽん酢と大根おろしは、別の小皿に用意をしておくこと。最初からとんかつに打掛けると、折角の衣が台無しになるのは、今さら念を押すまでもなく、ここを誤ると、好機に見逃しの三振といふ破目になつて仕舞ふ。