閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

102 チーズプラス

 最近、チーズが便利だと気がついた。先に云ふが、詳しいわけではない…といふより、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏のたれかにご教授願ひたいくらゐだから、さういふ博識な、衒學趣味の、チーズ語りにはならない。今さら念を押す必要があるとも思へないけれど。その辺のマーケットで賣つてゐるでせう。丸い容器で六分割されたやつ。ああいふのが便利で、何を云ふのか知らと呆れられるだらうか。或は厳密なチーズ・マニヤは、ああいふのをチーズと呼ぶのは誤りでそもそも、とレクチュアを始めてくる可能性もある。それは後日に伺ふとして、今回は喋らせてくださいな。

 とは云ふものの、二百円かそこらのチーズ自体がうまい筈はない。但しまづいわけでもなく、そこをもそつと、何とか出來ないかといふ話で、ごく簡単な方法なら、削り節(細かいやつがいい)とほんの少しの醤油。揉み海苔を加へるのもいい。贅沢をする余裕があるなら、酒盗や塩辛、佃煮を添へる方法もある。それで何になるのかと云へば、チーズに適ふ酒精の幅がぐんと広がるんである。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏にはきつと、チーズといへば葡萄酒だらうと考へてをられると思ふのだが、かういふ小さなプラスで、いきなり肴になるのだから、油断がならない。さうする場合、厳密なチーズ・マニヤの云ふ本式は却つて使ひ辛いもので、一箱(と数へるのだらうか)二百円のプロセス・チーズの気らくさが好もしい。

 ね。便利でせう。

 こつらしいこつを挙げるとすれば、何をあはせるにしても(ことに酒盗の類は)、少ないくらゐかと思へる程度に控へることか。でなければ、チーズの味が負けて仕舞ふ。それでかういふのを用意したら、お酒を呑む。辛くちといふか、淡泊なのが適ふのではないか。勿論葡萄酒も宜しい。矢張り辛くちで淡泊な白を撰びたい。山廃や生酛、或はフルボディの赤が惡いとは云はないが、それにあはすにはちと、物足りないだらうと思ふ。そもそも贅沢なものではないのだから、どちらかと云ふと、毎日のおつまみに追加するのがいい感じになりはしないだらうか。

 それで云ふと一ばん適ふのはおびいこである。縮緬山椒の名前で賣られてゐるのもあるが、残念ながらあれは甘みが勝つてゐて気に入らない。醤油だけで焚きしめ…煮詰めたのがいい。焚きたてだと山椒の辛みが尖りすぎだから、そこはちと我慢が必要か。クリーム・チーズの表面にかるくまぶすやうにしてつまむと、實にうまい。これはもう肴で、一ぺん山形の[初孫]にあはせてみたい。尤もその醤油で煮詰めた縮緬山椒…おびいこは、どこで手に入るんだと疑問を持たれる方も、をられさうだが、わたしに限つては母親が焚いてくれる。だから、その点はまつたく問題がない。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏からは狡いよと叱られさうだが、チーズ(風の食べもの)なら、幾らでも小さな工夫は出來る筈なので、それでわたしを羨ましがらせてくだされば、プラス・マイナスはうまい具合にゼロへと収まるのではないだらうか。