閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

185 棘

煙草を、とそのひとはいふ。

僕は、キャメルを差し出す。

火を、とそのひとは續ける。

僕はジッポに、火を点ける。


烟がしづかに、立ちのぼる。


粗末なソファでの、三秒間。

雄弁は時に、沈黙に届かず。

囁きは時に、叫びに等しく。

優雅な誤解と、冷酷な愛情。


記憶は、火傷の痕のやうに。


痛罵と抱擁と、そして唾液。

痛みと痒み、快さの混合酒。

もしもあの夜、もしも僕が。

烟はたゆたふ、棘のやうに。


揺蕩ひ續ける、棘のやうに。