閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

224 オートフォーカス

 大坂には何冊か、さうでなければ何冊もカメラの本がある。寫眞集ではない。買つた当時のわたしが、どれだけ間違つた方向だつたか…いや、カメラに興味を示すこと自体は間違ひと呼びにくいから、物慾に苛まれてゐたかと云ひかへるが、さうであつたか判る。今はちがひますよ。近年(ここで云ふ近年は、ここ10年くらゐ)のカメラなら、何を撰んでもまあ失敗はしない。詰りちやんと寫る。それが解ると、慾しくなる切つ掛けはブランドやスタイルとなつて、その視点に立つと、慾しいと思へるカメラが無い。連寫の速度や常用出來る感度の高さといつた條件を挙げ、矢張り新しくないといけませんと主張する向きもあるだらうが、わたしが撮る範囲で云ふと、連寫はしないし、感度はISO100から800辺りまでが使へれば十分で、新機能や高機能化の恩恵は(少なくとも)(自覚出來る範囲ではあるが)見当らないと云つていい。これで話をブランドやスタイルの視点に戻すと、慾しいと思はないのだから、わたしにとつて、感心出來るものではないのだといふことになる。半ばはやむ事を得ないのだらう。カメラに求められる機能が部品の配置を決める以上、その形状がどの会社の機種でも似たやうなところに収斂して、別に不思議ではない。だとしたら、どこで差違を見せるのかと云ふと、非常に微細な点になるのではないか。たとへばマテリアルを金属にするとか、文字のフォントに気を配つて彫り込むとか、ダイヤルやレヴァを動かした時、或はグリップを握つた時の感触とか。そんなのはどうだつてかまはない。矢つ張り機能と性能だよ、と反論するひとがゐるとしたら、お好きになさればいいけれども。

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 そこで話を更に冒頭まで戻して、大坂に置いてあるカメラの本は古い。20年とか30年前だから20世紀末期から21世紀初頭にかけての發行。掲つてゐるのがフヰルム式カメラなのは、何しろ当時、デジタルカメラは使ひものになる前だつたもの、仕方がない。頁を捲ると、この手の本の常でカメラの寫眞もたくさんある。ライカ、ローライ、ハッセルブラッド、ミノックス、ジナーにリンホフ、ディアドルフ。ニコンキヤノンミノルタペンタックス。そこでクラッシックな機種をあれこれ思ひ出し、懐かしめば恰好もつくだらうが、わたしなんぞが思ひ出せる…實際に買つたのはコダックのレチナⅢc(小窓)が精々だから、自慢に何にもなりやしない。

 懐かしがつたのは寧ろ、元号が昭和から平成に移りつつある頃の一眼レフだつた。キヤノンにはEOS、ミノルタはα、ペンタックスはZでニコンはF、と並べて…オリンパス富士フイルムが出てこないのは前者はマニュアルフォーカス機で興味が引かれず、後者はその頃一眼レフを出してゐなかつたから。序でながらコンタックスは値段の桁がちがつて、考へるも何もといふ感じだつた…気がついた。このフヰルム式カメラのブランドを会社として活かしてゐるのは、EOSだけ(ペンタックスはリコーに吸収され、ニコンはDになつた。αのブランドは残つてゐるが、コニカとの統合を経て、今はソニーの扱ひ)ではないか。20世紀も遠くなつたものだなあ。

 ここから話はいきなり俗な方向に進んで、コンタックスRTSⅢとかオリンパスOM‐4とかペンタックスLXとか、当時の…そして今でも本格でありトラッドなカメラに縁はなかつた。今でもで云ふなら、LXは機会があれば手に入れたいと思ひもするのだが、それとは別にふとその頃の一眼レフ、それもオートフォーカス機で、ごく小さなシステムを組んだら面白からうなと思つた。遊び、それも廉価な遊びと云つていい。フヰルム式のオートフォーカス一眼レフなんて、今となつてはどこの中古屋でも場所塞ぎの捨て値がついてゐるから、何を撰んでもかまはない。なので一応は常用出來る機種としておかう。また手元にあるものには目を瞑ることにする。

 まあ何を撰んでもかまはないのは事實で、ではどう絞り込むかといふ問題が最初に浮ぶ。これは簡単に“軽く小さい”ことを條件にする。この段階でニコンF4やF5、キヤノンEOS‐1、ミノルタα‐9が落ちる。候補になるのは所謂“中級機”や“入門機”で、併せて多少なりの安定を求めると、フヰルム式オートフォーカス一眼レフ末期の機種といふことになる。具体的に考へると、ペンタックスのMZ‐3または同5、キヤノンEOS KissⅢ、ミノルタα‐70。ニコンは撰びにくいがU2だらう。何でもいいとは云つたが、それは無頓着で問題ないといふ意味ではなく、詰るところは好みである。その好みで云へば、ニコンが先づ消える。あすこは当時も今も、ごく僅かな例外を除くと、このクラスのカメラ造りが本当に下手糞でいけない。次に残念ながらペンタックスを落とす。レンズのラインアップが貧弱なのが理由。マニュアルフォーカスのレンズを加味すれば、ずば抜けた豊かさになるのはよく知つてゐるが、この稿ではオートフォーカスが前提で、となると見劣りがすると云はざるを得ない。そこでキヤノンミノルタが残る。

 馴れてゐるのはキヤノン。但しフヰルムのEOS Kissはよくも惡くもかなりドラスティックな造りで、今となつてはその点がどうも気になる。それに同じKissブランドなら、デジタルの方がいいのは考へるまでもない。ブランドの継續性がここではマイナスに働いてゐるわけで、キヤノンの戰略は正しい。連續するブランドで旧型がより魅力的ではいけないもの。さういふ事情があるので、今回キヤノンには引いてもらふ。EOSならRTを撰ぶ方が樂しめさうだといふ気分はここだけの話。詰りミノルタが残つて、我ながら意外な結論になつた。フヰルム式のミノルタを買つた記憶はあつても、ちやんと使つた覚えはない。α‐70だつたら、だからと云つて、困りはしないだらうけれど。序でに確かめると、この機種はフヰルム式αブランドの一ばん最後であつた。

 ではレンズをどうするか。ミノルタAバヨネットマウントは、その前のMDバヨネットマウントと互換性がない。要はAバヨネットマウントと、対応のサードパーティレンズから撰ぶ必要がある。かう書くと如何にもたいへんさうな印象だけれど、ごく小さなシステムが組めればいいのだから、神経質にならなくてもいいでせう。そこで先づ28ミリを探す。ミノルタAレンズでなければ、確かシグマにもあつた。それから中望遠(200ミリくらゐまでをカヴァすればいい)のズームレンズ。後は50ミリか、それより少し長めのマクロレンズがあれば、なほ好もしい。ズームレンズやマクロレンズまで一ぺんに揃ふ必要はない。28ミリがあれば、どうにだつて撮れるのは経験的に知つてゐる。それでスナップをする積りはなく、半日をかけて24枚撮りを1本とか、そんな感じ…気分で撮れればいい。さういふのは惡い意味での旦那藝だよと批判されさうな不安もなくはないが、事實上絶滅したフヰルム式カメラで遊ばうといふ發想乃至態度自体、そもそも時代遅れなのだから、義太夫を唸る大家のやうでも、かまひはしないと思はれる。