閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

261 ペッパー

 胡椒の味といふか香りといふか、さういふのが苦手である。だからラーメンを食べるとして、絶対に胡椒は振らない。併し無くてもいいのかと云ふと、さうでもなくて、料理のどこかに胡椒の辛みや香りが忍んでゐると

「香辛料の扱ひが巧いなあ」

と感心する。詰りさういふのが胡椒であつて、使ふのが六づかしいと思はれてならない。勿論そこに例外はあるもので、随分と以前、知人に振舞つてもらつた羊肉の炒めものは、出來上りに黒胡椒をがりがりと大量に挽き入れ、それが實に旨かつた。一種の匂ひ消しだつたのかとも思ふが、それで旨かつたのだから、文句をつける筋ではない。

 それなので黒胡椒を(上手に)あしらつた料理は旨いといふ構図がわたしの中にある。いや實際うまいよと云はれても、胡椒自体を積極的に歓ぶわけではないから、要するに丸太はそんな嗜好なのだと考へてもらふ外にない。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏にもきつと、さういふ香辛料があるにちがひない…まあ無いならないで、仕方がないけれども。

 この手帖で以前にも曖昧に紹介した記憶のある近所のお店(中華系の定食屋といふか食事処といふか、かるい呑み屋といふか)の晝の定食は日替り…月曜日から金曜日。献立は月毎に変る…で、その日は“豚肉と細切り野菜のペッパー炒め”だつた。普段なら敬シテ遠ザケルのだが、どういふ風の吹回しなのか、食べてみるかと思つた。ここは全体的に穏やかな味つけを好む傾向があるので、“ペッパー炒め”でも、をかしなことにはならないだらうと睨んだのか、どうか。混雑する時間帯は避けて店に入り、“豚肉と細切り野菜のペッパー炒め”を註文した。待つこと暫し。

 豚肉と野菜は同じくらゐの細さ。

 表面にぽつぽつと見える黒い粒がペッパーなのだらう。

 予想した通り、ペッパーの香りは控へめで、食べてみると、肉野菜炒めに胡椒の一筆書で輪郭を描いたやうな感じで旨い。

 但し“ペッパー炒め”と呼ぶには些か穏やかに過ぎる気もしなくはない。お午の定食だから、極端を避けたのだらうな。と思ひながら食べ進めると、香りが鼻を抜けたので、そつちを狙つたのかと感心した。かういふあしらひ方は好もしいもので、極端に走りがちな(たとへば粉唐辛子を山ほど乗せてみたりする)店に猛省を促したくなる。

 ソップ(多分ラーメンの流用。少し計り蕎麦が感じられて、酢を垂らすと旨くなる)を啜りつつ、ごはんと一緒に平らげた。平らげる頃には胡椒の辛みが効果を発揮してきて、これは仕舞つたと思つた。仕舞つたと思つたのは、後半の味はひなら麦酒に似合ふからで、この“ペッパー炒め”を月内にもう一ぺん、やつつけなくてはならなくなつた。その時はごはんで前半を纏め、後半に麦酒を追加する采配を振らうと思ふ。食事と晝酒を兼ねるには、これが最良の順序といふ自信がある。残るのはご近所であらう人びとの視線をどうするかといふ問題なのだが、大体の場合、自分で思ふほど、他人はこちらに注意を払ひはしない筈だから、気にしないことにする。併しもしかすると会社員のお客諸氏に、すすどく睨まれるだらうか。

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