閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

284 ミックス

 ミックスフライ(定食)といふのがありますな。複数のフライものをひと皿に纏めたやつ。クラッシックな洋食屋が得意にするメニュだとも思ふ。

 コロッケ。

 クリーム・コロッケ。

 (両者は峻別せねばならない)

 ミンチカツにヒレカツ

 チキンカツ。

 海老フライ。

 鯵フライ。

 鰯フライ。

 牡蠣やワカサギのフライ。

 イカリングやホタテ、アスパラガス、玉葱にチーズ。獸肉も魚介も野菜も大体のところはフライで美味いもので、黄金の衣を目にすると幸せな気分になれる。併し如何にミックスフライでも、洋食屋で作れる全部は乗せられない。そこでミックスフライから三種類を撰ぶとして、さて何にするかといふのが、この稿の話題。

 考へられる方法の最初は、ソースを中心にした撰択である。ウスター、タルタル、デミグラスのいづれかで統一するか、複数のソースを愉しめる組合せにするか。

 第二の方法は種の系統からの撰択である。獸肉魚介野菜を満遍なく配置するか、すべてまたは二対一で主役を張る系統を決めるか。

 これらに厳密な優劣が無いのは改めるまでもないでせう。何を食べたいかといふ(健全な)慾求はその日その時の空腹の度合、どこにゐてどこに行くか、その前に何を食べたかといつた諸々の條件…ひと纏めに云ふと気分に拠るもので、決定版を示せるものではないのですよ。

 さういふ前提で、その中で安定感のある組合せは何だらう。

 クリーム・コロッケをトマトのソースで。

 海老フライはタルタルソースで。

 ここまでは我が厳密な讀者諸嬢諸氏からも、異論が出る心配は少なからう。残るひと枠が問題になつて、牡蠣フライ(ウスターソースにほんの少しのチリーソース)では時節が限られる。鯵フライ(ウスターソース)だと格がやや落ちる。ミンチカツ乃至ヒレカツ(ウスターまたはデミグラスソース)なら寧ろ単獨で主役を張らせたくて、實に六づかしい。議論の余地がたつぷり残つてゐる。

 では最適解が絶無なのかと云へば、必ずしもさうとも云へなくて、いや併しここで書いていいものなのか、どうか。

 安定感の一点以外に目を瞑れば話は簡単で、ハンバーグ(デミグラスソース或は大根おろし)を添へればいい。いいのではあるが、それだと“フライの三種類”といふ條件が根元から崩れて仕舞ふ。とは云へフライ二点とハンバーグから漂ふ、“すつかり解決したぞ”感覚は、牡蠣フライも鯵フライもヒレカツも及ばないと思へる程度に侮れない。“すつかり解決した”気分を満喫するのも惡くないとして、何とかならないか知ら。

 さう考へてハンバーグに対抗出來るのは、ミンチカツ(デミグラスソース)ではなからうか。先に挙げたクリーム・コロッケ(トマトのソース)と海老フライ(タルタルソース)との組合せから云へば、うまさの方向がちやんと別だし、ハンバーグの対抗馬としても中々に具合が宜しい。それにこの組合せだつたら、ごはんとお味噌汁とお漬物で定食で嬉しいのは勿論、大振りのお皿に盛られた三点(ポテト・サラドとザワークラウトを添へてもらひたい)をつまみに、麦酒やもつさりした葡萄酒をやつつけるのだつて美味い。

 さてここでわたしとミックスフライを平らげる貴女に、ひとつお願ひがある。折角なのだから、その三種類はお互ひ、重ならない組合せを心懸けるとしませう。(貴女とわたしの同意の元で)ちよつとづつ交換すれば、ミックスフライの愉快はもつと豊かに広がるだらうから。