閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

432 これもまた物慾の

 手元にトキナーのレンズがある。

 SZ-X28-105ミリ(f3.5-4.8)

 マニュアル・フォーカスのKバヨネット・マウント。

 いつどこで幾らで…そもそも何故買つたのか、さつぱり覚えてゐない。銀塩カメラの主力は二台のリコーで、リコーの一眼レフはKバヨネット・マウントを採用してゐたから、その辺りが動機だつたのだらうとは思ふ。それにマニュアル・フォーカスのズーム・レンズで、28ミリ始まりは比較的にしても珍しく、半メートルまで寄れもするので、その辺りも惡くないと思つたのか。

 尤も大振りな上に重い。使ふ頻度は極端に低く、三回使つたかどうか。なので手放しても痛痒は感じない。感じはしないが、賣つたところでお小遣ひにもなりはしない。何となくそのまま残してある。

 そもそもズーム・レンズとマニュアル・フォーカスのカメラは、相性が宜しくない。画角と焦点と露光をあはせるのは手間が掛かる。三脚を立てて気長に構へれば、その手間もある程度は軽減されるだらうが、三脚は荷物になる。大体振り回すのが主な目的の(標準)ズーム・レンズを、三脚に据ゑてどうするんだと云はれたら、反論の余地は見当らないし、そんならオート・フォーカス機を撰ぶ方がいい。

 もつと大きな難点として、手元のリコーはどちらも小振りな筐体である点を挙げておきたい。Kバヨネット・マウントのレンズは外に28ミリと50ミリを持つてゐて、確かに単焦点レンズなら似合ふ。いやさうではなく、巨大な図体のレンズは全般、あはないので、たとへばオリンピアゾナー180ミリだつて単焦点レンズだが、どう想像したつて不釣合ひである。では小振りなズーム・レンズなら平気かと云へば、マニュアル・フォーカスの仕様では皆無に等しい。

 だつたら諦めれば済む。と考へるのが普通で、また正しい判断でもある。仮にこのトキナーに似合ふ機種を探さうとしても、意外な程に見つからない。ややこしい條件を出す積りは丸でなく、絞り優先の自動露光が使へる事と、しつかりしたグリップがあればいいのに、Kバヨネット・マウントの本家であるペンタックスにさういふのが無いんである。敢て撰ぶならグリップ附きのLXだらうが、(きつと数千円もしなかつた筈の)安ズーム・レンズには勿体無さすぎる。

 さう思つてゐると、記憶とは厄介なもので、リコーに使へさうな機種があると思ひ出した。XR-10系統の10Mと同PF/Pがそれである。詳しい事はリコーのサイトで確認出來るからここでは触れない。乾電池を使ふ関係でグリップを大きく作つてあつて(ペンタックスで云ふZの系列に近い)、その分は大柄になつてゐるが、その大柄が却つてズーム・レンズには丁度よささうな感じがする。

 この手の電気制禦カメラを今さら慾しがるひとは少い…もしかするとゼロかも知れない…に決つてゐるから、見つかれば、ただみたいな値段での入手だつて不可能ではなからう。見つかればと念を押すのは、先づどれくらゐ賣れたかが怪しいからで、わざわざ探さうとも思へない…といふより、事實上使つてゐないレンズの為に、買はうとするのは愚か者の所行以外の何ものでもあるまい。とは思ふのだが、わたしが愚か者ではないといふ保證は無い。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏がこの稿を忘れた頃、屁理窟を附けながら、自慢気にリコーの話をするかも知れず、その時は穏やかな頬笑みで見守つてもらひたいと思ふ。