閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

457 時事的な気分

 がんらいこの手帖は時事的な話題を取り上げない。正確に云へば取り上げられない。これはわたしの技倆の事情なので時事性が原因ではないと念を押す。併し未だ収まる気配のないのがCOVID-19…(武漢發の)新型コロナ・ウイルスに端を發する諸々で、この稿を書いてゐる今…卯月の半ば過ぎ…のところ、終る気配が見られない。マスクの配布やら一時金の給附で巷間はかしましい。筆の遅いわたしが触れても、何を今さらと笑はれはしないだらう。

 と云つても医學的な、或は政治的な、また國際的な話はしない。こちらが無知なのもあるけれど、その手の話題は詰らないもの。生眞面目気取りと悲憤慷慨好きは勝手にさうすればいいが、ここは閑文字である。もちつと愉快な方向に目を向けたいものだ。

 

 目の前で云へば椿や躑躅が美しい。

 風が穏やかに吹き渡るのも嬉しい。

 

 家に籠つて雲がぼんやり流れるのを見つつ、ピーナツで罐麦酒呑むのは惡くないし、昔に讀んだ小説や随筆に改めて目を通すのもいい。そんな事を云つたつてねと首を振るひとが首を振りながら不安に苛まれるのは止めやしないとして、その不安をこつちに持つてくるのはご遠慮願ふ。

 あんまりささやかだなあ。とは確かに思ふ。そんなら今の時点でこの緊急事態は、皐月の六日に解除される見通しだといふから(怪しいかも知れないけれど)、その後にどうするかを考へてみませうか。具体的な計劃に到らなくても、縮こまつた軆を伸ばすやうな気分になれば十分である。

 ひとまづは気に入りの店に呑みに行かう。東京都が文化的な態度を棄て、呑み屋で煙草を喫ひにくくなつてゐるのは残念といふより、罵倒をしたくもなつてくる…嫌煙を自称するひとは喫煙者を責めるのには熱心なくせに、煙草の違法化を求めないのは何故なのか…が、この際だから目を瞑らう。わたしは謙虚なんである。

 麦酒や葡萄酒、黒糖焼酎

 煮込んだ牛肉。鶏の唐揚げ。酢豚。鯖の塩焼き。鰤大根。焙り柳葉魚。鰯の生姜煮。鯵フライにミンチカツ。冷奴。焙つた厚揚げ。韮玉子。チーズとクラッカーと生ハム。野沢菜漬け。白菜と胡瓜の浅漬け。玉葱とパプリカと苦瓜のピックルス。焼き鳥や串かつ、色々の燻製も慾しい。我ながらありきたりだと思ふけれど、さういふありきたりを望むのがちよいと贅沢なのだから、仕方がない。

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 ところで馴染んだのはお店だけとは限るまい。わたしの場合だと奥多摩青梅や勝沼甲府がそれに当る。何の事はない、酒藏葡萄酒藏…名前を出しても支障はないだらうから、幾つか挙げると小澤酒造や石川酒造、まるき葡萄酒にシャトー・メルシャンにサドヤ…があるからで、結局ここでも酒精が絡んでくる。お酒も葡萄酒も生ものだから、今はたいへんにちがひない。色々と工夫も凝らしてゐると思はれて、さういふ話を聞いてその藏の銘柄を呑めば、味はひもまた異なつて感じられるだらう。仮にその機会が令和二年中に訪れなくたつて、それは大した問題と云へない。令和三年が四年になつても、機会はある…作れる事に我われは目を向けたい。大きな悲観より、小さな樂観の方が好もしいに決つてゐるし、家で呑みながら、この後の愉快を思ひを馳せる方が、人間一匹の望ましい姿ではありますまいか。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏よ、その樂観が現實になつた夜、"(武漢發)コロナ・ウイルスで騒がしかつた頃、家でこんな呑み方をしてゐたのだ。中々旨かつたよ"と自慢話を肴に、一ぱい呑るとしませう。