閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

480 マイコン

 中學生の頃はマイコンと呼んでいた記憶がある。或日父親が突然買つた。日本電気のPC8800系統だつたと思ふ。曖昧な記憶だが、BASICで記録媒体はカセット・テイプを使つてゐた筈だ。その何年か後に自分でも買つた。EPSONが出してゐたNEC互換機。MS-DOSの3.0だつたか。起動は5インチのフロッピー・ディスク。メモリが"高速"を謳つた16MB…誤字ではないので念の為。MS-DOSの5.0とWindows3.1/95を仕事で弄り、Windows98SE(今は無きSOTEC)、WindowsCENECのMobile Gearで使つてからEeePCを買つた。最初は臺灣のLinux版(だからキーボードの配列が臺灣向)で直ぐにWindowsXPにした。その後WindowsXPがバンドルされた機種も買つた。それでLenovoWindows7に移つて、何年か前にそのLenovoは壊れた。その前後からスマートフォンを使ひ始めてゐて、まあ不便にはならないだらうと思ひ、そのままにしてある。機械が壊れてその機能が使へなくなつても困らなかつたテレ・ビジョンといふ例(この時はラヂオに移つた)が過去にあつたのも理由のひとつだつた。テレ・ビジョンと較べるのは無理があると云はれさうだが、わたしにとつては大してちがはない。

 ぢやあまつたく問題は無いかと云へば、さうだとも応じにくい。画像を含めたファイルの整理がたいへん面倒なのがひとつ。アプリケイションの併用が事實上無理なのもひとつ。併し一ばん大きなのは文章を書く…入力の部分で、これはわたしの癖もある。歴史的仮名遣ひと、一部の用字に偏つた好みがあるから、外のひとより不満は大きいのではなからうかと思ふ。尤も後者は兎も角、前者はわたしの責任でなささうな感じもする。歴史的仮名遣ひなら変換機能で対処出來る筈で、さういふ機能が用意されてゐないのは、どこかのたれかの怠慢ではあるまいか。この話に踏み込むと道草では済まなくなるからこの稿では我慢するが、さういふ不満はあつた。ある。念の為に云ふと、だつたら現代仮名遣ひで書けばいいといふ指摘はあたらない。わたしは歴史的仮名遣ひで書きたいのだから、変換機能がそれを満たすのが筋ではないかとは云つておくとして、何の話をしてゐたのか。マイコン…いつの間にかパソコンと呼ばれてゐるあの機械の話。ただわたしはパソコンといふ呼び方がきらひだし、パーソナル・コンピュータでは長いから、ここではPCと略す。本当はPCも好きになれないのだが、まさか電子計算機だの電子頭脳だのと書くわけにもゆくまい。

 要するに慾しくなつた。必要なのかどうかは、些か怪しいし、疑はしくもある。物慾に厳密な理由は要らないのだと開き直る。それで調べてみたら、当り前だが色々な会社が様々の機種を出してゐる。当り前なのに驚いた。わたしは烈しい使ひ方をするわけでないし、その予定も積りも無い。だから控へ目な性能でいいから廉価な機種にすると決めた。とは云つてもぽんこつは困る。なので出來れば

 ・CPUはcore i3以上

 ・メモリは8GB以上

 ・SSDなら128GB以上

 ・HDDなら500GB以上

が望ましいことにした。勿論さういふ機種は幾らでもある。幾らでもありはするが、気に入らない。気に入らないのは主に値段の点で、こちらが出していいと思へる値段では出てゐない。それは丸太のお財布に問題があるのだと云はれたら、そこは御尤と認めるにせよ、だからと云つて気に入らない値段を気に入るわけにはゆかない。メーカーの直販なら多少は割安になると判りはしたが、これならよからうと思つた機種は半月近い納期だし、送料が掛かるのも腹立たしい。それに最後は實物を見てからにしたくもある。なので過日、新宿のヨドバシカメラビックカメラのPC賣場まで足を運んだ。久し振りの新宿だつたから緊張した。見てみるとLenovoideapadで折合ひの附きさうな値段の機種(五万円くらゐ)があつたから、買はうかと思つたが在庫が無いと云はれた。ごねても仕方がない。もう少し廉なChromebookがあつた。あやふくそちらを撰びさうになつたが、使ひは出來ても使ひこなせはしないだらうと思ひ止つた。我ながられいせいであつた。諦めて呑まうと中野に行つた。

 ブロードウェイに入つたところに中古のPC屋があつたので驚いた。全然気にしてゐなかつたから、目に入りはしても記憶には残らなかつたらしい。値札を見ると安い。高いのもあるが、中古のPCで高いのを買ふのは莫迦ばかしいと思へたから、安いのを注意して見た。二万円を切る値段でNECの惡くないのがあつた。ただUSBポートのひとつが正常に動作しない…正確には3.0で使へないと書いてあつたから、廉価には廉価の理由があるものだと納得した。最後に外で呑んだのは何ヵ月も前だと思ふと、その一ぱいが實にうまい。焼酎ハイとティオ・ペペ(トニック・ウォーター割り)と泡盛を呑んだ。希臘の白葡萄酒も呑んだ。地中海人も白葡萄酒を呑むのだな。かれらの名誉の為に云ふと、これもまた旨かつた。さうして呑みながら先刻見たNECの中古は惡い撰択ぢやあないかも知れないと考へた。USBポートは3.0は駄目だが2.0なら動作するとも書いてあつた。手持ちの機器を使ふ分に支障が出るわけではない。画面の大きさは確か11.6インチ、コンパクトな筐体で軽い。小さくて軽いといふのは非常に魅力的な要素であつて、醉ひの所為もあるのだらうが、あれを買つてもいいのではないかと思へてきた。思ひつつ醉つ払つて帰宅した。途中の記憶が曖昧になつてゐる箇所があるのだが、その辺は気にしない。

 翌朝は懐かしい、併し嬉しくもなんともない宿醉ひを感じた。頭があがらないほどではなかつたのは、強いからでなくそもそも呑める量が減つただけに過ぎない。ここでは齢を重ねる特権と云つておく。食慾を丸で感じなかつたから取敢ず珈琲を飲んだ。それからカップの饂飩を啜つてさてどうするかと思つた。前夜の迷ひが残つてゐたわけで、詰り醉ひは酷くなかつたと云へるから、その点は満足した。満足はしたけれどPCが手元にあるわけではない。その点には不満を感じざるを得なかつたから、どうするかと思つた。あのNECは決して惡くない。惡くはないが、最初から不具合がある。不具合があると解つてゐてお金を遣ふのは癪に障る。癪に障りはするが気になるのも事實だから

 ・中古品は一点ものである。

 ・けふ行つたら賣れてゐるかも知れない。

 ・ああいふのは縁でもある。

と自分に理窟を附けてもう一ぺん見に行かうと思つた。腹の底でちらりと買ふのかなとも考へたが、賣れてゐたら買ふも何もなくなる。それはその場のことと思ひ直して前日の店を覗くとまだあつた。困つたなあと思つた。迷惑なことだとも思つたのはお店への八つ当りである。それで隣に目をやつたら昨日は気づかなかつたhpの機種があつた。大柄なのはちよいと気に喰はないが、NECより更に廉である。スペックもその分見劣る。但し見劣る分は許容範囲と云つてよく、価格差は大衆的な呑み屋で肴を普段より奢れるくらゐ。大きさ重さ置場所に使ひ勝手。買はないといふ撰択も含め、迷ひに迷つた挙げ句、hpにした。お店を出る頃には小雨が降つてゐたので、大急ぎで帰つた。

 最小限の設定は出來てゐた。ひとまづネットへの接續。それからユーザー・アカウントを自分のに変更、併せてPINコードの作成。余計なアプリケイションはほぼ見当らなかつたが、それでも幾つかは削除した。GoogleからChromeをインストールして、これも自分のアカウントで使へる様にした。表示その他の既定値が好みにあはない箇所があつて、追々変更してゆかうと思つた。以前に使つてゐたアプリケイションが何だつたか記憶が曖昧なので、RealPlayerは入れたが、後は必要に応じてインストールすればよいと決めた。それより大事なのははふり出してゐたデータ…主に画像の整理で、数が多い上、ごちやごちやになつてゐる。手間になるのは目に見えてゐるから、気長にやらざるを得ない。かういふことを續け、或は繰返して、ただのPCがマイコンになつてゆくのかと思ふと、感慨に似た気持ちがしなくもないが、新しい玩具を手に入れた勘違ひかも知れない。