閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

541 曖昧映画館~コマンドー

 記憶に残る映画を記憶のまま、曖昧に書く。

 

 海外の映画は字幕で観るのが基本なのだが、何事にも例外はあるもので、この映画は寧ろ吹替へでないと、どうにも落ち着かない。その『コマンドー』は

 

 アメリカが世界に誇る筋肉莫迦映画

 

 と書けば説明は大体が終る。

 一応、補足をしておませうか。

 主人公はコマンドー部隊の元指揮官であるメイトリックス大佐。予備役だか退役だか、兎に角第一線から身を引き、ひとり娘のジェニーと山で暮してゐる。

 大佐の部隊はバルベルデ國で、獨裁的な大統領のアリアスを追放し、革命の成功に手を貸した。併しアリアスは大統領への返り咲きを目論んでゐた。返り咲くには新政権の大統領を殺さなくてはならず、殺すには新大統領から絶大な信頼を受けるメイトリックスが必要になる。そこでアリアスの部下はジェニーを拐ひ、大佐に協力を強要するのだが。…何だか莫迦ばかしくなつてきた。といふよりここまで書けば、後は判るでせう。

 

 速やかに逆襲に転じる主人公。

 無茶なカー・チェイス

 ヒロインの悲鳴。

 派手な爆發に銃撃。

 一騎討ちと勝利。

 

 我われが想像する"アメリカ人の好むマチズモ"が残らず、また案配宜しく詰め込まれたのが『コマンドー』で、メイトリックス大佐を演じたシュワルツェネッガーは、マチズモのイコンと云つていい。

 ところでマチズモが成り立つには、シュワルツェネッガーだけでは足りない。かれと張合へるマッチョ、詰り惡役が不可欠で、その惡役ベネットをヴァーノン・ウェルズに任せたのは配役の妙だつた。この男はメイトリックスの元部下で、十万ドルを"ぽんと"くれたアリアスに雇われてゐる。プロを自認し、大佐の能力を知り、高く評価し、また恐れてもゐるから、(人殺しを樂む惡癖を除けば)中々優秀と云へる。

 ふたり…即ちメイトリックスとベネットが正面から殴り合ふのが、この映画のクライマックスで、勿論メイトリックスが勝つ。ベネットはジェニーを人質に取つてゐたのに。大佐の娘は最大のカードになるとも理解してゐたのに

 「來いよベネット、怖いのか」

といふ安い挑發で、抑へてゐた恐怖心に煽られて仕舞ふ。ジェニーをはふり出し、拳銃を投げ捨てた挙げ句、それまでのクールな態度まで忘れて

 「がきは要らねえ。チャカももう要らねえ」

ぶつ殺してやると喚く。ね。莫迦映画でせう。駆引きも何もあつたものぢやあないよと思ふが、ここに到るまでがすべてこの調子だから腹も立たない。マチズモだなあ。

 

 さて。

 この手のアクションでは、大体の場合、科白が短いことが共通する。主人公(と感情移入する我われ)を苛立たせる惡党の長広舌はあつても、肝腎の箇所は"糞ツたれ"でなければ"間抜け野郎"か"くたばりやがれ"に決つてゐて、かういふ罵詈雑言を字幕で見るのは詰らない。かといつて下手な吹替へも詰らない。わたしが云ふ詰らない事情は、吹替へを演じる俳優の技術だけでなく、台本の出來も含まれてゐる。その点でこの映画、ほぼ満点を差上げていいのではないか。どこがどうなのではなく、全篇を筋肉莫迦の科白で溢れさしたのは、大したものだと思ふが、翻訳者や俳優は厭な顔をするか知ら。