記憶に残る旧い漫画の話。
戰争は終つた、らしい。
どちらが勝つたのかは、判らないけれど。
伝説がある。
道化師の姿で、長剣をふるふ、銃を持つ兵隊より速く強いたれか。
或はなにか。
それがピエロ。
高橋葉介が最初に考へたのは、多分それだけで、その伝説を血塗れの惡夢に仕立て上げた。
ひとは簡単に頸をはねられ、膓は溢れ落ち、いとも容易く死体へ肉塊へと変貌する。
併しそれは少し計り、グロテスクではあつても、生々しさの彼岸にある…なぜかつて?
惡夢なんだもの。
短篇、中篇、短篇の順に發表されてゐるが、一ばん出來のいいのは中篇だと思ふ。頁に余裕がある分、話がしつかり纏まつてゐる。ことに惡役を割当てられたザザラー統制官の変態具合は大したもので、拷問と虐殺、若い娘を葡萄を搾る器械で擂り潰してその血を浴びるなど、勝手放題をやつてのける。統制官の云ひ分だと、噂を聞きつけたピエロが救世主気取りでやつてくるから、それを捕へる為の手段なのだが、描冩の限りは本人の性的な嗜好としか思へない。最終的に彼女(!)は發狂へ追ひ込まれた挙げ句、頸をはねられ、口に手榴弾を詰められ、ピエロの手で投擲される。
かう書けばピエロは(些か残酷ではあるにせよ)、正義ではなくても弱者の側に立つ何者か、となりさうだが、實際は異なる。ピエロは少数の、時にはたつたひとりのたれかを救ける為、その何倍もの死体を作り出す。その死体が兇惡な兵隊や士官だから、ひとはピエロを救世主呼ばはりする。死体になつたのが兇惡な兵隊や士官なのは偶々さうだつただけなのに。もしかするとその長剣が自分の頸をはねるかも知れないとたれも気附かず、考へもしない。さういふ想像はきつと、彼岸にあるのだらう…なぜかつて?
だつてピエロは惡夢なんだもの。