閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

723 本の話~別冊

『文藝別冊 高橋葉介 大増補新版』

河出書房新社

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 高橋葉介の名を知つたのは、高校生の頃だつたと思ふ。先輩に熱心なファンがゐて、教はつたのだ。何を最初に目にしたかは忘れた。ライヤー教授かブンか、もしかするとクレイジーピエロだつたかも知れない。

 当時、徳間書店から『月刊少年キャプテン』といふ雜誌が發刊された。ガイバーだのゲッターロボ號だの逆境ナインだの、花々しく連載が始つた中に、かれの『夢幻紳士』もあつて、名前を明確に意識したのはきつとその時だと思ふ。

 莫迦ばかしいグロテスクと、底抜けに陽気な惡趣味。

 そんな印象だつた。なので後日(なのは間違ひない)腸詰工場や魔女の右腕を讀んで、愕然とした記憶がある。その頃も今も、わたしはホラーと呼ばれる分野が大の苦手だから、出來るだけ目に入れたくない。にも関らず、また愕然とさせられもしたのに、高橋葉介だけは遠ざける気にならなかつた。

 何故か知ら。

 その頃も今も不思議でならず、ひとつ確實なのは、内臓が溢れても、皮が剥げて肉が見えても、首がはねられても、血が噴き出しても、生々しさから距離が感じられる。ギーガー描くエイリアンのやうに粘りつく感覚から遠いと云へば、何となく掴んでもらへるだらうか。と書いて気が附いた。高橋は自分の漫画…お話から、どうも距離を置いてゐるらしい。突き放すまではしないが、第三者のやうな、無責任に自ら面白がるやうな(ははは。結局あのひと、取り憑かれてゐるよ)態度。そんな印象がある。わたしの印象だから、眞偽の保證はしないけれども。

 

 この一冊は増補前の版(後記を見るに平成廿五年の刊行らしい)に収められた内容に、書下しの掌篇やインタヴュー、寄稿が幾つか追加されてゐる。何より發行時点での初出一覧があるのは有難い(確認出來る限りでよかつたから、収載された単行本の題名と出版社を併記してあれば、なほよかつたが、贅沢な望みだらうか)高校生だつたわたしの目の前にあれば、あの特異な漫画家の世界を覗き込む入口として、随分と役に立つたらう。最後に自慢をひとつ。これは原画展に足を運んだ際に購入した。署名入りである。