閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

761 大坂の本棚に~ドリトル先生 アフリカゆき

 ヒュー・ロフティング/井伏鱒二 訳/岩波書店

 "ドリトル先生"ものの第一巻。"ドリトル先生物語全集"の第一回配本でもある。

 菊判。クロース装。上製函入り。製本が立派な上、ロフティングじしんが描いた挿絵も収めてある。

 これだけでも十分に贅沢なのに、井伏先生に翻訳を奨め、下訳をどうやら手伝つた石井桃子先生("プーさん"の令訳で名高い、あの石井先生である)が、裏話も混ぜつつ、丁寧な紹介を書いてらつしやる。想定してゐる讀者…小學校の中學年以上を考へてゐるらしい…向けのやさしい文章だが、惚れ込んだひとが書いてゐるから、その所為で老人になつた男(わたしのことだ)が讀んでも、気分が宜しくなる。

 奥附を見ると、初版は昭和卅六年。本棚にあつたのは昭和四十七年の第廿三刷。たつた十二年でこれだけ増刷を重ねたのは、井伏石井両先生の訳業が、どれほど偉大だつたのかを證明してゐると断じても、反論はされまい。

 さういふ本が、たつた四百五十円(半世紀前の四百五十円だから、"たつた"は適当でないだらうか)だつたから、一興を喫した。令和の今、同じ一冊を出すとして、幾らくらゐになるものだらう。