閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

802 何年掛り

 某日。

 仕事が終る時間に、この季節としては珍しく、はつきり空腹を感じ、また食慾もあつたので、一ぱい引つ掛けることにした。お馴染みとは云ひにくいが、まあ顔は覚えてもらつた程度の狭い呑み屋。

 先づは麦酒にマカロニ・サラド(黑胡椒が振つてある)、それから鶏の唐揚げを註文した。ここはハムカツが旨いのだけれど、空腹にはちよいと物足りない。マカロニ・サラドをあはせたのは、こいつを撮みながら、唐揚げを待たうといふ算段で、かういふのを先を見据ゑると呼ぶ。

 麦酒が空になつたので、ハイボールを註文。そのハイボールと同時に、唐揚げが運ばれてきた。一皿三箇。多人数で入る店でないのだから、妥当な数と云つていい。檸檬は無く、代りにマヨネィーズが添へてある。

 (ここは好みの分かれるところだらうな)

と考へながら、ハイボールを呑み、揚げたての唐揚げをそのままかぢると、成る程うまい。もしかすると、麦酒より適ふかも知れず、どこだつたか、ヰスキィの宣伝で、ハイボールと唐揚げの組合せを押し出してゐたのを思ひ出した。

 それはさうと、空腹だからと云つて、わたしの胃袋は、三箇の唐揚げを一ぺんに平らげられる勢ひを持つてゐない。詰り唐揚げは冷めて仕舞ふ。それで気がついたのは、冷めた唐揚げに檸檬は似合はない。

 (ふーむ。それでマヨネィーズなのだね)

さう思つたが、マヨネィーズだけでは変にくどくなる。それでマヨネィーズに七味唐辛子をぱらぱら振ることにした。えいひれを焙つたのや、げその天麩羅を食べるときの応用である。一体にマヨネィーズは万能の調味料なのだが、本領は他の調味料との組合せで、発揮されるんではなからうか。

 實際、七味唐辛子を少し振つたマヨネィーズと、鶏の唐揚げの相性は大したもので、ツナの罐詰にあはせる醤油マヨネィーズと双璧を成すと思はれる。ハイボールのお代りと一緒に唐揚げをやつつけながら、フランスに…マヨネィーズの出身地である…感謝した。

 抹茶ハイに切り替へて、串を四本(レヴァとハラミ、それから葱に獅子唐)を食べたら、すつかり満腹になつた。鶏の唐揚げ三箇にマカロニ・サラド、四本の串で

 (よく食べたなあ)

などと感心したのだから、我ながら胃袋が小さくなつた。帰りに七味唐辛子を買はうかと考へてから、マヨネィーズにぱらぱら振る程度で、使ひきるのに何年掛かるか判らないことに気がついて、止めにした。