閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

850 丸太花道、西へ~道行

 西へ上る。

 その前に師走廿四日の話。

 某所にあるお酒も摘みも旨い立呑屋がこの日で、令和四年の営業を終へるから、顔を出すことにした。出掛け序でに散髪(と云つてもおれの場合、ぐりぐりの丸坊主にするんだが)に行つたら、年内で廃業するんですと云はれて吃驚した。聞けばおれの親と同年代だと云ふからもつと驚いて、そんなら樂隠居したつて不思議には及ばないと思ひ直した。

 坊主頭になつて某所に出た。ちつと早かつたが、買物の必要があつたからで、気が逸つたのではない。ひよつとして、さうだつたのかも知れないが、ここは逸つてゐなかつたと強弁する。買物はそこそこに済ませた。目的の立呑屋が開くにはまだ時間があつた。ひどく寒かつたので、別のこれもうまいお店で、水餃子風のソップを摘みに[満月]のお湯割り。お代りには[浜千鳥乃詩]の水割りを呑んだ。旨かつた。

 そつちの常聯さんに年末の挨拶をして、目当ての立呑屋に潜り込んだ。こちらも既に何人かの常聯さんが、既にご機嫌も宜しくきこしめてゐる。先づサッポロの[赤ラベル]と炊いたレヴァ、白菜のお漬物から。それから鱈をあつさり炊いたの。お客さんが持ち込んだ[酔鯨]と湖池屋が藏と協業したらしいポテトチップス(鰹の酒盗味)を頒けてもらつた。面白い組合せで惡くない。更に後から來た別のお客さんが、クリスマス・ケイクを持ち込んできて、それも頒けてもらつた。紅茶ハイに移つて、クリーム・シチューと手羽先を摘んだら、何ともクリスマスらしい気分を味はへた。お勘定を済まし、佳い御年をと挨拶をした。いい言葉だなあ。

 

 廿七日、午前六時に起きて、珈琲と煙草を喫す。

 明るくなつてから洗濯と食器洗ひ。菓子パンを摘んで家を出た。途中で煙草と令和五年の手帖、大坂への土産と、東海道新幹線の切符を贖つた。腹積りを覆へし、のぞみ號の指定席を取つた。何故かと訊かれたら、さういふ気分になつたのだとしか応じにくい。中央総武緩行線で新宿まで。中央線快速に乗継いで東京驛に出た。

 席を取つたのは午后一時五十一分發。車内でお弁当を食べませうと決め、[日本橋幕の内弁当]を買つた。罐麦酒も二本買つた。ホームに上つたら、存外に混雑してゐて少々驚いた。師走も廿七日だもの、浮足立つのも当然だらうと思ひ、指定席を取つたのは正解だとも考へた。

 のぞみ十四號(N700A)が入線した。車内の片附けが終り次第、おれが乗客になる下リののぞみ號になる。それで新幹線の車内の片附けは外ツ國のひとから見ると、手際のよさが驚異的に映るらしいことを思ひ出した。外ツ國の特別急行列車に乗る機會に恵まれたことはないから、あちらの實際がどうだかは知らない。

 もしかすると、特別急行列車の清潔で快適な車輛とは、世界の列車事情から見て稀なのか知ら。

 さういふことを考へてゐたら、(世界に冠たる)車内の片附けが完了したので乗り込んだ。

 我がのぞみ號は恙無く發車。空腹だつたし、足の速いのぞみ號でもあるので、品川驛を出た辺りで[黒ラベル]とお弁当の蓋を開けた。梅干し。玉子焼き。鮭。佃煮。牛肉と牛蒡の炊合せに焼き豆腐。如何にも旧式の東京を狙つてゐる辺り、鼻につかなくもないが、決して惡くはない。尤も大枚千三百円をはたいたのだ、不味かつたらきつと苦情を入れたらう。

 併しどうも尻が落ち着かなくつていけない。

 おれが乗つたのぞみ號は、新横浜驛を出たら、次は名古屋驛まで停らない。下リの新幹線に掛る時間は、こだま號に馴染んでゐる。急かされてゐるみたいだなあと思つてゐたら、車内の案内板に

 「三島を通過しました」

と出たから吃驚した。あはせて車掌さんが、けふは天気がいいです、富士の全景が見えると思ふですとアナウンスして、更に吃驚した。

 ところでおれの坐つた席の前には親子連れがゐた。ご両親と赤ん坊、それから三歳くらゐ(だらうか)のお嬢ちやん。お嬢ちやんはいい子にしてゐたのだが、退屈するのも当然で、時折りママを相手にぐづつてゐた。我が儘といふより、構つてもらひたげな調子で、かういふのは気にならない。親御さんはたいへんだと考へてゐたら、通り掛りの警備員さんが、その子におどけた敬礼を見せたので感心した。近いお齢のお孫さんでもゐるんだらうか。

 [黒ラベル]はとうに呑み干してある。お代りにオリオンの[75]を開けた。オリオンは沖縄で呑むのが一ばん美味いのは云ふまでもないとしても、"新幹線で呑むオリオン"に限つたら、沖縄人は知らない味の筈なので、威張つておきたい。

 「内地のひとは、"ゆいレールで呑むオリオン"を知らないだらう」

と反論されたらこまるけれど、ゆいレールは云はぱローカル鐵道だから、あれは呑むための列車ではないのですと云へる余地はある。参考までに[75]はピルスナー仕立てで、口当りはごく穏やかであつた。かるいと云へばかるく、夏の夕方に似合ふ感じがされた。

 気がつけば我がのぞみ號は、間もなく新大阪驛に着かうとしてゐた。せはしないものだと思ひながら降りて、驛建物内の小さな呑み屋で、葡萄酒を二はい(赤と白と。銘から察するにどちらもイタリー。但しヴィンテージは判らない)を、ポテト・サラドと玉葱のロースト(肉味噌と白葱を乗せてあつて中々うまい)でやつつけて、西上は終つた。後は帰つてだらだらすれば、令和四年の年末と令和五年の年始である。