閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

864 新しい肴の話

 過日の夜、某所の立呑屋。

 後から入つてきたお客さんが、所用で高知に行つたのですと、お土産…クラッカーと壜詰とビニール袋を持つてきた。何だらうと思つたら

 「ちよつと面白い食べ方がありましてね」

さう云つて、壜詰は酒盗(ラベルには"高級品"とあつた)で、ビニール袋の中身は大葉だと説明してくれた。何だらうの次にどうするのだらうと思ふと

 「クラッカーに千切つた大葉を被せて、その上に酒盗をちよんと乗せるんです」

どうも味の想像が出來にくい。それでお店のママさんが

 「ぢやあ早速、試してみませう」

手早く用意した。どうぞと勧めてもらへたから、図々しくひとつ摘んだ。クラッカーがほのとした塩つ気であまくなく、酒盗も出來の惡いのにありがちな生臭さが感じられない。その両者の宜しきを大葉が取り持つてゐる。要するに旨い。びつくりした。ママさんもびつくりしてゐる。

 「この工夫は高知人の食べ方なんでせうか」

訊ねると、件のお客さんは照れくささうな顔になつて

 「自分で色々試しました」

と云つたから、更にびつくりした。びつくり序でにもうひとつ摘んで、さつきはクラッカーを舌に乗せたから、今度は酒盗の面を舌に乗せたら、もつと旨くなつた。これは素晴しい肴だから、冷酒を一ぱい呑むことにして、そのお客さんにも御礼代りに差し上げて乾盃した。ややこしくも面倒でもない手順…發想と試行に基づいた組合せの妙が生んだ結果であつて、かういふのを讚へない法はない。ママさんは新しく入つてきたお客さんにも、名前の無いこのお摘みを勧めてゐる。