閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1077 いつもとはちがふ場所

 馴染んだ(と思つてゐる)呑み屋に潜り込む。

 大体この辺りに坐ると決つてゐる。

 とは云つても、必ず坐れる、とは限らない。

 先客がそこに坐つてゐる場合もあつて、何といふか

 (ちよつとそこの阿仁サン、あンたが坐つてはンのは、儂の席なンやけどな)

 聲にするのは控へても…礼儀を弁へた男なのですよ、私はね…、不機嫌を感じてしまふ。尤もその席は、私の専用といふわけではない。我ながら心が狭いなあ、と思はなくもないが、他の定聯客だつて、同じ席に坐つてゐる姿を、しばしば見掛けるから、似た感覚の持合せがあるにちがひない。

 併しちがふ席に坐ると、店の中の見え方が変るから、それを面白いと思ふこともある。小さくて狭い店の見え方が変るのかと、首を傾げる讀者諸嬢諸氏もをられるだらうが、小さく狭い店だと、食材は勿論、食器酒器調味料の類を、合理的に配さねばならない。いつもの場所だと判らない物や事はあるもので、小皿はそこに纏めてゐるのかとか、ジョッキだのグラスだのはあすこの棚にあるのかとか、準備や片附けの動きだとかに気がつける。であれば、儂の席に勝手に坐る阿仁サンを心の中で、一方的に罵るのは気の毒かも知れない。ハラミの塩と玉葱を摘みに、抹茶ハイをやつつけながら、そんなことを考へた。