たまご好きを自認する私ではあるが、生卵は滅多に買はない。食べきれなかつたら、勿体無いからで、我ながら少々、みみつちい態度かと思はなくもない。食べきれずに棄ててしまふより、余つ程ましだとも云へるけれど。
買ふなら半ダースのパックになる。陋屋の近所だと百七十円くらゐ…単純な計算で一個卅円足らず。たまごの値段の移り変りは知らないけれど、卅円で他に何が買へるかと考へれば、駄菓子が精々にちがひないから、廉なのだらう。
生卵半ダースを買つたら、半分はすみやかにうでる。たつぷりの水を入れた、小さめの鍋を用意し、弱火にかける。沸騰寸前で火を止め、蓋をして、指を突つ込めるくらゐまで、冷めるのを待てば、私好みの固うで玉子が出來あがる。
ひとつはすぐさま、食べる。マヨネィーズか塩。気が向けば、醤油を垂らすこともある。後の二つは、ホークで崩し、ツナ罐や市販のポテトサラド、マカロニサラドと混ぜ、マヨネィーズやウスターソースやケチャップで和へる。トーストに挟めば、麦酒のいいお摘みになる。マヨネィーズと醤油の組合せに変更し、七味唐辛子をうすく振つて、葱を散らしたら、風変りなおかずにもなる。
残り半分をどうするかと云へば、先づ麺に乗せる。稲庭風の細饂飩に似合ふ。熱くうであげたところに、溶き卵にしたのを混ぜ、冷たいつゆを打ち掛け、削り節を乗せて啜り込むとうまい。序でに云ふと、蕎麦やラーメンにあはすなら、半熟玉子の方が好もしい。
それから、卵かけごはんを忘れてはならない。矢張り基本には忠實に醤油。深めのお茶碗にごはんを盛り、たまごを粗く溶いて、ごはんの眞ん中に穴を掘つて流し込む。流し込んだ後、混ぜてはならない。味はひの変化を樂める。佃煮なんぞをを用意して、その変化を更に複雑にしたい。味つけぽん酢と生姜と刻んだ青葱も、叉よろしい。こちらなら、たまごは丹念に溶き、ごはんの上から満遍なく注いで、染み込ますのがいい。私は最初から青葱も混ぜ溶くけれど、後から乗せてもよからうと思ふ。饂飩に使ふたまごがひとつなら、卵かけごはんは上の二膳を樂める。
さうだ、我が作法に厳しい讀者諸嬢諸氏から、きつと咜られるのを承知で云ふと、卵かけごはんは、木の匙で掬ふ方がうまい。この点は親子丼や木の葉丼と同じなのだが、その話をすると長くなる。それより、半ダースのたまごがあれば、陋屋の食卓酒席がほんの少し、豊かになるのを忘れてはいけないから、この稿を残しておく。