蕎麦屋で一合か二合のお酒…冷酒をやつつけてから、もりを一枚註文するといふ惡い過し方を、ニューナンブの頴娃君から教はつた。ひどい男である。
お酒を呑むのだから、肴が必要なのは当然であつて、その頴娃君は、鴨焼きだの天麩羅だのを好む。やるなあ。私の場合、そこまで食べたいとは思ふことは少いから、焼き味噌でなければ、板わさを註文することが多い。
その板わさ。カネテツの以下のページに、たいへん簡潔な説明が載つてゐる。
『鯛入り蒲鉾 赤白の板わさ』
「板わさ」とは「板かまぼこ」と「わさび」が名前の由来とされています。蒲鉾にわさびとしょうゆをつけて食べるシンプルなおつまみです。蒲鉾が一番おいしいとされる12mmの厚さに切ることがポイント!プリッとした食感や甘みを感じられ、蒲鉾の味をしっかりお楽しみいただけます。
"十二ミリメートル"といふ細かさがいい。"蒲鉾が一番おいしいとされる"と、如何にも客観的な数字に見せかけてゐるけれど、カネテツじしんが、自社の蒲鉾を、ミリメートル単位で蒲鉾を切り分け、何人にも食べさせ、十ミリメートルでも、十五ミリメートルでもなく、十二ミリメートルが最良と判断したに決つてゐる。
TOTOがウォシュレットを作らうとした時、シャワーのノズル位置を調整する為、開發に直接関係しない部署のひとたちを何人も引つ張り込んで、試作機に坐らせたといふ逸話を思ひだした。カネテツでもきつと、そこらを歩いてゐた社員を引つ張つて
「すンませン、蒲鉾の食べくらべ、したツてください」
(カネテツは兵庫の會社だから、関西方言にしたんです)などとやらかしたんだらうな。もしかすると、開發の辺りに行けば蒲鉾の味見が出來ると、評判になつたかも知れず、自前で醤油と山葵を持ち込むひとまで、出たとしても、さもありなんと思はれる。
とは云ふものの、薄く切つた蒲鉾と山葵醤油を凌ぐ組合せがあるのか知ら。私の場合、大葉を巻くくらゐはしたが、それも山葵醤油でやつつけた。といふより、山葵醤油以外を試した記憶がない。たとへば御節料理でも、蒲鉾は重要な脇役の地位を占めてゐるが、摘むには矢張り山葵醤油だつた。蒲鉾と山葵醤油は、"完成された組合せ"と云つてよく、さうなると、蕎麦屋の品書きに、わざわざ"板わさ"と書く理由が判らなくなる。もしかすると、蕎麦屋では、カネテツ流の"蒲鉾が一番おいしいとされる"厚みこそ、別して"板わさ"の呼び名に相応しいとされてゐるのか知ら。
次に蕎麦屋で、板わさを肴に一ぱい呑む機會を得れば、カネテツ推奨の十二ミリメートルに切られてゐるか、確めなくてはならない。