閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1143 神無月は藏の月

 私の属するニューナンブ公式の酒藏が、澤乃井を醸す奥多摩は小澤酒造なのは、以前からしつつこく触れてゐる。ここからは、澤乃井と書きますよ。その澤乃井で新酒が出來たのを祝ふお祭りは、例年神無月の終りに開かれる。

 

 長月に入り、令和六年はどうか知ら…と思つた。諸々の事情で中止となつたり、規模を縮小した年があつたからで、それは止む事を得ない。元に戻つて何年か経つたけれど、今年が元に戻つたままかは判らない。

 もうひとつ、どうか知らと考へた理由がある。お祭り…藏が開かれるとして、その日の澤乃井は、酒藏だけでなく、関連する施設まで含め一帯が、巨大な"居酒屋 澤乃井"に変貌する。花々しくて賑々しい。それはかまはない。お祭りは花やかで賑やかなのが当然だし、さうあつてもらひたくもある。ただ"居酒屋 澤乃井"の花やかと賑やかは、熱いお風呂のやうで、身体を浸すと新酒より先に、混雑に醉つてしまふ。それでこの二年か三年は、新酒を味はひ贖ひ、ちよつとした食事を樂むのに留まつてゐる。

 

 うーむ。

 足を運んで、いいものかなあ。

 

 藏開きの日にしか手に入らない新酒に、魅力を感じないわけはない。ことに"一番汲み"といふ、搾りたて且つ無濾過の一本は、味はひが毎年ちがつてゐて、ここ数年は落ち着いた出來に思へるが、もしかすると今年の新酒は、久々にやんちやかも知れず(私はこつちのが好みだつた)、さういふ樂みは確かにある。"居酒屋 澤乃井"で、他人醉ひする(その恐れがある)のと、天秤が六つかしい。

 

 迷ひつつ、澤乃井のウェブサイトを見ると、藏開きが神無月廿六日に行われると判つた。長月六日のことである。藏が開かれるのは安心したが、行くかどうか、自分で判断するのは矢張り、困難に思へた。そこでひと先づ、ニューナンブの面々(S鰰氏、クロスロードG君、そして頴娃君)に

 「澤乃井の藏が開きますな」

と知らせた。私を含めた四人が最後に集つて、五年余りは過ぎてゐる。皆が集れるなら、それを大きな理由に、足を運んでもよからうと考へたんである。他力本願と称したら、眞面目な佛教徒に咜られるのは、まちがひない。

 

 S鰰氏から、今年は是非、と返信があつた。

 仮予定を入れませうと、クロスロードG君。

 頴娃君に到つては、ニューナンブ御用達の東横インを押さへたと云つてきた。

 三人とも、打てば響くやうな素早さだつた。そんなら行かねばなるまい、さう腹を括つて、こちらも東横インの部屋を押さへた。当日は空模様とか腹具合とか、そんなこんなに任せれば、どうにでも転がるだらう。後は"居酒屋 澤乃井"の花やかと賑やかに醉ひはしても、痴れずに済む手立てを準備しなくてはならず、もしかしてこれが、令和六年藏開きに当つて、最大の難問ではないかと、不安を感じてゐる。