閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1145 トライアングル

 ニコンNewFM2といふカメラがあつた。

 ライカ判の銀塩一眼レフ。

 露光計を動かす以外に、電池を使はない…現役の頃から、既にクラッシックな機械制禦の機種であつた。

 Newが附かないFM2もあつた。

 2が附かないFMもあつた。

 素のFMから始まるこの系列は全体で、四半世紀くらゐの時間を刻んだ、と記憶してゐる。ニコン史上…詰り日本のカメラ史上、最後の機械制禦の機種と云つていい。

 当時のニコンの階級…今となつては信じ難いが、プロフェッショナル御用達のF4を筆頭に、ハイアマチュア向け、ミドルレンジ機、エントリー機と、明確なヒエラルキーがあつたのだ…で云ふと、NewFM2はミドルレンジの、更に傍流だつた。高度な自動化が、カメラの正しい方向と信じられてゐたからだが、ニコンはこの機種で、F/F2のスタイリングを受け継がせつつ、機械カメラを造る技術を遺したかつたのか。

 機械制禦は勿論、銀塩も一眼レフも事實上、終焉を迎へた令和の今も、NewFM2の面影はDfを経て、Zfc/Zfに残されてはゐる。どの機種も、元祖には及ばないけれど、これがカメラ…冩眞機の古典的且つ基本的な形態なのだと、云ひたいのだらうな、きつと。

 改めて云ふと、露光量は計れるけれど、その調整も、ピント合せも、フヰルムの感度設定も巻上げ巻戻しも、マニュアルなのが、NewFM2である。ここで詰り何も出來ないんぢやあないか、と理解するのは誤りとは云つておきたい。カメラ任せに出來ないだけで、自由度で云ふなら寧ろ、自動化の進んだ機種を凌ぐ。冩眞の基礎知識があれば、だけれど。

 

 時々、慾しくなる。NewFM2には、クロムとブラック、それから"/T"のチタン仕上げの三種があつた。以前はブラックが恰好いいと思つてゐたが、今ならクロムを撰ぶ。お古カメラなんだもの、矢張り、銀いろでせう。そこにニコン銘のストラップ。手元にある黄いろと黑のツートーンか、ピンクを主にした派手なやつのどちらか。

 何しろ古くさ…訂正、クラッシックなモデルである。レンズもAiかAi-Sの五十ミリがいい。基本に忠實な態度を気取る目的が大きいんだが、この手の機種は、五十ミリレンズを附けた時の姿が、一ばん綺麗に纏る。他のレンズはあつてもいいが、その気になりさへすれば、あの豊かなFバヨネット・マウントのレンズを色々、使へる可能性があるのだから、一本きりでも困りはすまい。

 フヰルムはモノクローム。どうせ時間もお金もが掛かる游びになるのだ、その辺のコストに、ぴりぴりすることもないでせう。廿四枚撮り。素早くたくさん撮るわけでなく、撮れもしないから、これでよろしい。そこで考へるに、私の主力はGRⅢ…廿八ミリ相当の画角…である。さうすると五十ミリといふ"狭さ"で撮るのは、六つかしいにちがひない。だからと云つて、NewFM2に廿八ミリニッコールを附けても、持て余すだらうことは疑念の余地がない。ファインダを覗き込むのと、液晶画面を見るのでは、画角に対する感覚が異なる所為なのだが…この稿では踏み込むまい。

 

 一日掛りでゆつくり撮つたら、現像とプリントはラボに任せ、受けとるまでに、どうせ一週間くらゐは待つんだもの、それはそれで措いて、後は呑みに行けばよい。卓に置けば、麦酒か焼酎ハイ、もつ煮とのトライアングルが出來上る。