某日の夕方、某所の呑み屋。
足を運んだのは、二ヶ月振りくらゐだと思ふ。時間の事情とお財布の具合が、さうさせたので、お店(当り前のチェーン店だが)にも、お店を預かる大将にも、責任はない。
馴染んだ隅つこの席が空いてゐたから、そこに坐ると、大将がおしぼりと灰皿を持つてきて
「この時間帯は、サワーが半額ですよ」
と教へてくれた。さう云へば、表の看板に何か、書いてあつた気がする。このお店で主に、ホッピーを呑むけれど、折角だから、焼酎ハイにした。それから焼賣。野菜も食べねばと考へ、ポテトフライも註文した。
待つ間に煙草を一本吹かし、吉田健一の『私の食物誌』をぱらぱら捲つた。一篇一篇がごく短く、区切りをつけ易い。かれが食べた鴨や粕汁には及ばなからうが、活字の食べものより、これから登場する食べものの方が嬉しい。
先にポテトフライ(ケチャップ添へ)が用意された。塩をうすく振つてある。揚げたてなら、そのままでも十分うまい。添へられたケチャップに浸し、醤油をつんと垂らし、味をずらしながら摘めば、飽きがこないのもいい。
その前に焼賣が出てきた。蒸したのが三つ。練り辛子を添へ、白胡麻をぱらりとあしらひ、仕上げに胡麻油を使つてゐて、こちらも出來たては、そのままでうまい。醤油で辛子を溶いて、染み込ませると、焼酎ハイに似合ふ。
このお店で何度か(或は何度も)會つた若ものが、女性聯れで入つてきた。かろく挨拶をした。どんな間柄かは、知らない。私は礼儀を心得た男だから、嘴を容れる野暮は控へ、焼酎ハイのお代りを註文した。
後で表の看板を見たら、開店直後の早い時間帯に限つて、麦酒とサワー類を値引く(壜詰めのお酒や焼酎は含まれない)ことにしたと判つた。お店の方針に口を差し挟む積りはないし、その早い時間帯に訪れることの多い私にとつて、廉に呑めるのは、有難くもあるけれど
(いい手だてとは、云ひにくいなあ)
とも思つた。自分のことを棚に上げて云ふのだが、筋のよくないお客が、一ぱい二はいで、だら助を決め込むんぢやあなからうか。それでこつちが入れない、入りにくくなるのは、甚だ迷惑である。大将はきつと、こまつてゐるだらうな。
などと考へたからではなく、単にお腹が膨れたので、そろそろ〆にする。烏龍ハイ。それからハラミと獅子唐を二本づつ、塩で頼みます。
「すみません、けふは獅子唐が、ないんですよ」
すりやあ残念。だがごねて出るものでもない。だから獅子唐に代つて、葱を二本、註文した。随分以前、串焼きの塩は、両面に振るのと片面に振るやり方があつて
「僕は片面に、振ります」
と云つてゐたのを、不意に思ひだした。一本百二十円の串を焼くにも、工夫ちがひが色々あるものだ。その片面塩のハラミと葱を平らげ、烏龍ハイも干したから、知人には、お先にと云つた。もつ煮を分けあつた二人は、公魚の唐揚げを追加してゐる。