フヰルムカメラの末期、パノラマ撮影が出來ます、と謳ふ機種が幾つかあつた。フヰルムの天地にマスクを施して、横に長い冩眞を撮る方式だつたから、本來とはちがふ、パノラマ"風"撮影と呼ぶのが正しい。本來のパノラマ冩眞は、フヰルム自体を横長に使ひ、天地はマスクで覆はない。
流行りましたね。このパノラマ風は。使ひ捨て…ではなかつた、レンズ付きフィルムやコンパクトカメラはもちろん、一部の一眼レフにも採用された筈である。冩眞屋に出す時には、"パノラマ混在"だつたか、チェックを附ける。さうしたら、ちやんとそんな風にプリントしてくれた記憶がある。身も蓋もなく云へば、撮る時点で予めトリミングしただけなんだけれど、横長の紙焼きには、視覚的な説得力があつた。
とは云ふものの、パノラマ(風の冩眞)は結局、定着には到らず、直ぐ姿を消した。当り前である。ああいふ特殊な縦横の比率が、量販店に並ぶカメラを使ふひとの、手に負へる筈はないもの。たとへば広闊な風景、巨大な建造物、丸ごとの都市を撮り續けるなら、撰択肢のひとつになると思ふが、職業冩眞家でもない限り、常用には無理がある。一方、無理は事實としても、あの面白い視覚効果を使へない…使ふ機會が少いのは、勿体無いなあとも思ふ。
さうなると、デジタルカメラで、"パノラマ(風)冩眞"を撮れないのは何故だらうと、疑問が浮ぶ。縦横比の変更は出來るのだから、技術的に無理だとは思へない。本來的なパノラマ撮影に対応するなら、受光素子の大きさとか何とか、面倒な話になるだらうが、擬似的に再現するくらゐ、どうといふこともあるまいさ。
ただここで、パノラマ(風)冩眞は、(出來れば大きな)プリントで見るのが望ましい、といふ難問が浮んでくる。私がさうだし、少からぬ讀者諸嬢諸氏もきつと同じ筈だが、デジタルカメラで撮つて、いちいち紙に焼くことは殆どない。撮れる機材があつても、樂める環境が(極端に少)ないわけで、これぢやあメーカーは、手を出しにくからうな。同情はする。
同情は示しながら、八釜しいことを云へば、カメラを造る會社には、冩眞を樂む方法まで、あれこれ提案してもらひたい。物体であるカメラと、そのカメラがつくる冩眞は別ものだから、メーカーが冩眞の樂み方に知恵を絞るのは、文化的な責務(とは厭な言葉を使ふんだが)と云つていい。たとへば最近、ペンタックスは、銀塩のハーフサイズである"17"を出したでせう。そこそこ賣れてゐるさうで、ファンとしては嬉しいが、フヰルムの供給や現像、プリント、更に見(せ)るところまで考へ示すのが、令和の今に、銀塩カメラの新機種を用意する筋だつたと思ふ。期待しますよ。
ハーフサイズは措く。パノラマ(風)冩眞を撮れる機種に立ち戻ると、富士フイルムなら、何かやらかしてくれさうだと思つてゐる。あの會社は前世紀末から今世紀初頭にかけて、TX-1/TX-2といふ機種(ハッセルブラッドからはX-PAN銘)を出してゐたから。これはマスキングではなく、ライカ判フヰルムの二齣で、パノラマ冩眞を撮れる。云つておくと、これはその当時でも十分な変態仕様(褒め言葉)だつた。
同じやうな構造を再設計するのは困難としても、現行機にはGFXといふ機種群がある。ライカ判より大きなフォーマット。従つてマスクを施しても、画質の心配は要らない。それにあすこの営業品目には、プリントの工程もある筈だから、そつちの心配もまあ、そこまではせずに済むだらう。然もギャラリーまで持つてゐるのだから、大パノラマ大冩眞展を開いて、かういふ樂みもあるのだと見せてくれれば、その視覚的なつよさで、ニッチではあつても、確實なフォーマットとして認知されるんぢやあないか、と思はれる。